先生やって何がわるい!

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(41)サンタとかクリスマスとか




「めりい、くりすまあああす!!」
 テンション高いサンタの登場に、子どもたちから、きゃー! という歓声が沸き上った。

 冬休みを目前にした今日はクリスマス会だ。全学年が講堂へ集まり、先生たちが演劇をしたり、全員で配られたお菓子を食べたり、歌を歌ったりと楽しい時間を過ごす。
 そしてメインはサンタの登場だ。サンタはそれぞれクラスの子どもたちの分のプレゼントを担任に渡し(さすがに一人一人へ手渡しは時間がかかるため)、皆にさよならをして会場から去っていく。たったこれだけなんだけど、子どもたちは心底嬉しそうにして、大はしゃぎだった。
 初めはポカーンとしていた年少児たちも、通り過ぎるサンタに頭を撫でてもらい、照れたり嬉しそうに笑っていて、俺まで幸せな気持ちにさせてくれた。いいもんだよな、こういうのもたまには。


 クリスマス会が終わり、弁当を食べてから子どもたちと園庭へ出る。ちょうど俺が担任交換をした、くま3組の子どもたちも園庭に出て来ていた。木枯らしが吹いてるけど皆元気に駆け回っている。
 全体を見ながら園庭をゆっくり歩いていると、ポン、と背中を叩かれた。振り向くとそこには年長児のシンジくんがいる。
「ゆーすけ先生、ちょっとちょっと」
「どうした?」
 声を落とした彼に合せて、俺も小さな声を出す。
「あのサンタってさ、園長先生でしょ? オレわかったよ」
「え!」
「あー、大丈夫、大丈夫だって。年少には言わないからさ。夢を壊しちゃかわいそうだもんなー」
 親父、バレバレかよ。あのテンションじゃなぁ。わざとらしいっちゃ、わざとらしいもんな。年長には見透かされるか。
「でも皆バカだよなー。女の子たちなんかサンタが絶対いるって信じちゃってんの。年長になってもそんなことわかんないバカだから、受験もしないんだ。オレはするけど」
 うわーうわーうわー。そのドヤ顔やばいだろ。今からそんなんでどうするんだ。それにしても、純粋に信じている子をバカってのは、ちょっと感心しないな。……よし。
「シンジくんこそさ、何言ってんの? 今時サンタがいないとか、逆にどんな都市伝説? それ」
 俺の言葉にシンジくんは目を丸くさせて声を上げた。
「はあ!? いないし。裕介先生こそ、大人のくせに大丈夫?」
「いやいやいや、世界的にも知られてるじゃん。北欧に住んでて、本名はセントニコラウスだっけ? おもちゃ工場を所有してるんだよな」
「え? え?」
「今日はわざわざ特別に来日してもらったんだ。だからトナカイなしで、帰りの飛行機は羽田から国際線で四時出発だったかなー」
 教師が嘘を言ってはいけないのは十分承知の上で発言しています。
「裕介先生って、どこの大学? とーだい? けーおー? オレ大きくなったらそこ入るんだ。裕介先生がそこの大学じゃなかったら、今の話は信じない」
 あーそうですか。かっわいくねーなー。
「別にいいけどさ。今日、園長先生は会議で他の園長先生たちと集まってんだぜ? 職員室と園長室行って確かめてみ?」
 実際クリスマス会のあと、園長は慌てて幼稚園協会の集まりへ向かった為、今園にいないのは本当だ。
「まあ、信じるも信じないも、人それぞれだからな。裕介先生は、それを押し付けたりしないよ」
「そんなこと言って、裕介先生、鯉のぼりの時も嘘言ってたじゃん。とおるに」
 やっべ。まだ覚えてんのか。四月の終わりから子どもの日まで、園庭に大きな鯉のぼりをあげるんだけど、そういえばその頃年長の子と話した記憶はある。生意気な五人組の一人がシンジくんだったのか。
「いや、あれ別に嘘じゃないし。皆が登園してくる前に、おいでーって言うと集まってくるから、そこへ鯉の餌あげるんだって」
「……とおるが『おいで』って言っても来なかったじゃん」
「そりゃそうだよ。先生たちが朝早くにあげてるんだし、お腹もいっぱいだったんだろ」
「……」
「あいつらデカいから、四月と五月は餌代大変なんだよなー。気を付けないと手に咬みつこうとするし」
「他の月はどうしてんの?」
「必要ないから畳んで倉庫に眠らせてるよ。冬眠みたいなもんだな。知ってる? 冬眠て」
「知ってるに決まってんだろ。塾で習ったもん」
「あ、そうなんだ。でも最近は鯉のぼりのことは教えないんだなー。へー」
「と、とにかくサンタなんて絶対いるわけないし!」
 ふん、と顔を背けて、シンジくんは去って行った。

 俺もムキになりすぎたかな。あの子の親から苦情が来たりして。そういう説もあるんですよ、とか言っても危ない先生にしか見られないか。まーいいや。
 俺に背中を向けて走って行ったと思ったシンジくんが、園庭の真ん中で立ち止まり、回れ右をしてこちらへ突っ走ってきた。
「ゆ、ゆーすけ先生っ!!」
「どうした?」
 何をそんなに焦ってるんだ。
「これ、このほら、さっきもらった星の折り紙が……」
「ん?」
 シンジくんが左手を上げた。折り紙で出来ているブレスレットについた星の飾りの一部が外れ、ぶらぶらと取れそうになっている。このブレスレットは、年少から年長までプレゼントと一緒に全員へ配られたものだ。一週間かけて先生たちがこっそり作ったんだけどな。
「これ、24日の夜になると光るんだろ? そんでそこ目印に来るんだろ? これじゃ駄目じゃん!!」
「え、誰が来るの?」
 黙り込んだ彼は、両手を握りしめて目を泳がせた。
「サ……」
「さ?」
「サンタ。べ、別に、本当はいないの知ってるからいいんだけど!」
 ぼそっと言ったシンジくんは、口をへの字に曲げて顔を真っ赤にさせた。なんだよ可愛いなー。やっぱり信じてるんじゃんかよ。つうか、年長の先生たちはこれを教室で渡す時に、子どもたちへそんな話をしてたのか。やるな。
「大丈夫だよ。今直そうか」
「直せば平気?」
「ああ。裕介先生が直すから、おいで」
 清香先生に園庭を見ていてもらい、ひよこ2組の教室へシンジくんと入る。セロテープを使って、ぶらぶらを補強してあげると、彼は嬉しそうに言った。
「ゆーすけ先生、ありがと」
「おう、大事に使えよな」
「さっきオレが焦ったこと、誰にも言わないでよ先生」
「わかってるって。男と男の約束な」
「お、おう!」
 いつまでそう思えるかわからないけど、夢見るっていうのも楽しいだろ? 今の内だけなんだからな。大人になったら見たくたって、なかなかそうもいかないんだ。


 仕事の帰りにチャリで本屋へ寄った。今の季節、サンタの題材が多い絵本売り場をチェックし、読み聞かせができそうな児童書を手に取る。本屋の中では静かなクリスマスソングが流れていた。
 クリスマス、か。梨子先生、どうすんだろ。もう新しい彼氏ができてたりして。いや、そんな素振りも見せないし、大丈夫だろ多分。いやいやいや、美利香先生が合コンとか誘ってたら、そういう可能性がないわけじゃない。
 保育で未熟な自分を反省した俺は彼女を好きになる資格もないと落ち込んだり、ピアノを教えてほしいと言う梨子先生に意地悪言ってみたり、倉庫で二人きりになっても何言う訳でもなく、ほんと何やってんだって感じだったんだよな。でもこの前、さーちゃんと一緒にいた時、何となく吹っ切れたんだ。今すぐどうのってわけじゃないけど、とりあえず梨子先生と二人で話がしたい。
 どっか飲みにでも誘ってみようか。寂しい者同士でどうですか? とか言って。なんか、おっさんくさいな。もっとこう、軽い感じで、美味しい店できたんですよね、どうすか? みたいな。よし、これいいじゃん。いや、ほんとにいいか? あーもうわかんね!
 児童書コーナーで知らない子どもたちに囲まれながら、あれこれ悩んでいるとケータイが鳴った。
 メールだ。相手は……梨子先生?
「え」


『裕介先生、24日の夜って暇?』





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