どうしてこうなった。
昼食後の外遊びが終わり、部屋へ入った途端、お漏らしくん発生。で、着替えさせて、トイレで何だかんだして……戻ったらこれだよ。
「あゆびとおゆびが、ごっつんこー」
「きよかせんせー、もう一回てあそびしてー」
「もうおしまい。次は紙芝居の始まり、始まりー」
ぱちぱちと座っている子どもたちから拍手が起きる。
「……」
何度言ったらわかるんだよ。いや、言ってないけど。俺が担任で、あなたは補助ですよね!? 何で皆の前に座って手遊びして、今日俺が読むはずだった紙芝居取り出して、普通に読んでんの!?
俺、あんまり怒る方じゃないんだけどさ。今まで、お片付けとか、ちょっとした合間の手遊びくらいなら黙ってた。でもさ、ちょっといい加減にしてくんないかな、これ。
ムッとしたままの顔で、床へ大きな音を立てて座ってやった。子どもが何人かこっち見たけど、知るか。
清香先生は気付かないフリしてるんだか、そのまま俺へ何も言わずに紙芝居を進めている。
「裕介先生」
後ろからこそっと声を掛けられ、体操座りのまま顔だけ振り向くと、そこには梨子先生がいた。プリントを差し出している。入学式の、俺が困っていたあの時みたいに。
「あ、はい」
「これ、主任が手紙配っておいてって。急でごめんなさいって」
「わかりました」
「……大丈夫?」
かがんだ梨子先生の心配そうな一言に、顔がかっと熱くなった。いつも掛けてくれるこの言葉を、今日は聞きたくなかった。
「別に、何がですか?」
そう言い返すのが精一杯で、俺は梨子先生から顔を逸らして、受け取った手紙の束を見つめた。
「ううん。じゃあ、お願いします」
同情されたのかよ。恥ずかしいなんてもんじゃない。俺の担任としてのプライドが、一気に傷ついた気がした。
てるてるぼうずのお話を読む清香先生の声が、頭にがんがん響いている。でも内容なんてひとつも入ってこない。終わった途端、子どもたちが言った。
「きよかせんせー、ピアノひいてー」
「きよかせんせーおうた!」
お前らも何盛り上がってんだよ。俺じゃなくていいのか? そんなに清香先生がいいのか?
「しょうがないなあ。裕介先生、いい?」
いいわけないだろが! その非常識さにマジで頭に来て、思わず大人気なく怒鳴り返してやろうかと思ったその時だった。
――ひよこ2組、裕介先生、裕介先生、職員室までお願いします。
なんだ? 初めて放送で呼び出されたぞ?
仕方なく、あとは清香先生に任せ、廊下を小走りに急いだ。本当は嫌で嫌でたまらなかったけど。
職員室へ飛び込むと、そこには俺を見つめる園長と、一人のお母さんがいた。あれ? 確かこの人……。
「こんにちは」
頭を下げて挨拶をすると、その人は軽く会釈をしただけで、何も言ってはくれなかった。
「裕介先生、クラスは大丈夫?」
親父、もとい園長の声がいつもと違った。
「あ、はい。清香先生へお願いしました」
「そうですか。じゃあ、ちょっと武井さんも一緒に園長室へ行きましょうか」
武井……? たけい、まゆちゃんのお母さんか! 昨日手紙をくれた。それに、そうだ、そうだよ。懇談会で女の子のトイレについて突っ込んで来た人だ。まだ顔と名前が一致しなくて、俺……全然わかってなかった。
職員室の隣にある園長室へ入ると、ふかふかとした絨毯の上に大きなソファが二つ置いてある。俺と園長が同じソファへ座り、向かいに武井さんが腰を下ろした。そのあとすぐに、まゆちゃんのお母さんは次から次へと俺たちへ質問を投げかけた。
なぜ、怪我をしたその日に連絡をしなかったのか。
なぜ、手紙を渡しても再び連絡をくれなかったのか。
なぜ、このことを園長は知らないのか。
なぜ、最近の自分の子ども様子を、帰り際にでも駆け寄って教えてはくれないのか。それが出来なかったとしても電話連絡くらいできないのか。
なぜ年少へ来たのか。そもそもどうして幼稚園の先生になろうとしたのか。
その全てを、まゆちゃんの母親は、俺ではなく園長へ顔を向けて発していた。俺が答えてもろくに返事をくれない。俺のことなんて見てくれない。まるでその場に俺はいないかのようだ。そうだ。さーちゃんに初めて話しかけた時と似ている。……俺の言い分は完全に、ゼロだ。
なんで俺、昨日誰にも言わなかったんだろ。それともすぐにまゆちゃんのお母さんへ返事すれば良かったのか? でもあの手紙には、そんなこと一言も書いてなかったじゃないか。
はっきり言って怖かった。園長がどうやって一つ一つ答えていったのかも、もう記憶にない。ただ、最後にまゆちゃんのお母さんが言った事だけが、俺の頭にこびりついて離れなかった。話し合いから解放されても、帰宅時間になっても、家に帰ってからもずっと。ずっと、離れない。
――お母さん達、皆言ってます。裕介先生は適任じゃないって。
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