昼休み。借りていた本を返しに行く。
今日も昨日と同じにとても暑い。ふと昨日の吉田くんを思い出して溜息が出る。やっぱり今日も、あんまり元気無さそうだったな。
図書委員に本を渡して廊下へ出た。次の授業なんだっけ?
「あの……」
現国だったかな。ううん、リーダーだったかも。
「あの……鈴鹿、さん」
私を呼ぶ声に振り向くと、そこに立っていたのは、
「あ、吉田くん?」
わ、どうしよう吉田くんだ! 動揺しちゃ駄目。昨日見てしまったことは黙っていよう。私顔に出てないよね?
「あのっ」
ん? 彼の様子がいつもと違う。何だか焦ってるみたい。どうしたんだろう。
「は、八月一日、暇?」
「え?」
「花火大会があるから皆で行くんだけどさ、大勢の方が楽しいからいっぱい誘って来いって言われてさ、鈴鹿さんもどうかな」
「……」
突然言われたけど、私の頭がついていかない。
えーと、ちょっと早口でよくわからなかったけど、八月一日に花火大会があって、それで……誘ってくれたってこと?
「友達とか、連れておいでよ。こっちも男も女もいっぱい来るから」
「そうなの?」
「そうそう、だから、どう……かな」
吉田くんの声が急に小さくなった。目も伏せてしまって、大丈夫かな。これ、誘ってくれてるんだよね? ほんとは嫌とか、友達に言われて無理やり誘ってるとか、ないよね?
花火大会か……うん、楽しそう。みんなで浴衣着てわいわいするのも、いいかも。
「そうだね。行こうかな」
「ほんとに?」
「うん。友達もいい?」
愛美達も誘おう。
「あ、うん! もちろん!」
あれ、喜んでくれてるみたい。良かった。さっきは元気が無さそうだったけど、吉田くんが笑顔になった。うん、やっぱり吉田くんは笑ってる方が素敵だよ。
「あ、そうだ。じゃあ吉田君のケータイの番号教えて? メアドもいいかな」
「へっ?!」
あ、ずうずうしかった? すごく驚いてる。
「駄目だったかな。ごめん。でも連絡取る時困るかなって。駄目ならいいんだけど」
「全然、駄目じゃないっ!」
彼はいきなり大きな声を出した。び、びっくりした。顔も真っ赤だし。怒ったの? ううん、駄目じゃないって今言った。ていうことは、いいんだよね、聞いても。
本当にどうしたんだろ、今日の吉田くんは様子がおかしい気がする。いつもの余裕がある感じじゃないけど……。
「あ、ご、ごめん。大きい声出して」
「ううん。えーと今持ってる?」
「あ、あると思う多分」
吉田くんはズボンのポケットに手を入れた。私もスカートのポケットからケータイを取り出す。
「あたしも今持ってるから、赤外線できる?」
「うん」
「えーと、あたしが送るね。いい?」
さ、準備できた。あれ? 吉田くんは手元のケータイを握ったまま。何もしていない。
「吉田くん?」
顔を上げて彼の顔を見ると、肩をびくっとさせて彼が後ずさった。
「は、はいっ?!」
「あの、赤外線」
「あ、ああごめん! 今やる」
彼は慌ててケータイを開いた。
そう言えば、久しぶりに彼と話をした気がする。袖のボタンを付けた時以来かも。吉田くん、背が高いなあ。見上げないと話ができない。
……暑そう。うん、今日暑いもんね。だから顔赤いんだ。もう夏だし。吉田くんは額の汗を腕で拭って、私にケータイを向けてきた。
「じゃあ近くなったら連絡するよ」
「うん、お願いね」
「あのさ、後で念のためにメール送れるか試していい?」
「うん、もちろん」
そこで予鈴が鳴った。
「教室行こう」
「うん」
一緒に階段を下りた。あの時、二人で階段を駆け上がったことを思い出す。
「また……」
「え?」
「また屋上一緒に行こうね」
思わず言っちゃった。振り返ると、彼はまた顔を赤くして額に手をやった。
「あ……うん」
もしかして、照れてるの? あの吉田くんが、って思ったら信じられないけど、でもやっぱりそうみたい。
吉田くんの後に続いて教室に入る。席に着くと、愛美が後ろから声を掛けてきた。
「本返した?」
「うん」
「どうしたの? 何だか嬉しそう」
「そ、そう? あのさ、愛美八月一日暇?」
「あたしも言おうと思ったんだよ。用事ある?」
「今、吉田くんに花火大会一緒に行こうって誘われたの。皆でどう? って。だから愛美もどうかと思ったんだけど」
「それ私は高野くんから誘われた! 同じだよ。じゃ一緒に行けるね」
「やった! ね、浴衣着る?」
「もちろん。栞は?」
「あたしも着てく! 新しいの買ってもらう予定なんだ」
「やっとほんとに笑ったね」
「え……」
「ずっと無理してたもん、栞。でも今日はちゃんと笑ってる」
「うん」
そうかもしれない。だって私、久しぶりにわくわくしてる。私の顔を見て、愛美も嬉しそうに笑った。
その日の夜、吉田くんは本当にメールをくれた。
なんか……ほんとイメージ違うな。もっと絵文字いっぱいとか、文章も砕けた感じかと思ってたけど意外にシンプルだったし。
「いいな、吉田くんて」
気がつけばそんなことを口にしていた。
学校の廊下で花火に誘ってくれた吉田くんを思い出す。私の返事を聞いて嬉しそうに笑った顔、照れくさそうに赤くなった顔、可愛かったな……って、可愛いとか失礼だよね。けど、あんな顔もするんだって思ったら思わず笑みが零れる。元気そうだったから本当に良かった。
その夜、何度か吉田くんのメールを見た後、久しぶりに私はゆっくり眠りにつくことができた。
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