もうそろそろ梅雨も明けるのか、今日は朝から日差しが強い。
昼休みになってすぐに、相沢くんから声をかけられた。
「鈴鹿さん。これ、委員会のお知らせ。杉村さんから」
「あ、ありがとう」
相沢くんに告白した後も、こうして何回か事務的な話をした。彼は相変わらず今まで通り普通に接してくれる。
「それで伝言なんだけど、」
相沢くんがプリントを持って説明を始めた。久しぶりに、ち、近いなあ。相沢くんはワイシャツの胸ポケットに入れていた眼鏡を取り出して耳にかけた。
「相沢くん」
「何?」
「視力結構弱いの?」
「うん。今日はちょっとコンタクト外してるから。眼鏡がないと、こんくらい近付けないと見えない」
そう言って相沢くんは、プリントを私の顔の目の前にくっつけた。印刷と紙の匂いが一気に鼻を掠める。う、うわ……どうしよ。
「そ、そんなに?」
「うん。鈴鹿さんは?」
「あたし2.0」
すると相沢くんは、驚いた顔をして私を見つめた。
「え、何?」
「いや……本当にそういう人存在するんだ」
「ひ、ひど……。他にもいるよきっと」
「このクラスに他にもいたら奇跡だね」
「そんなに珍しいかな」
「俺の周りじゃ、聞いた事無い」
全然普通に話せてる、大丈夫、大丈夫。
「じゃあ、ありがと」
説明も終わってその場を離れようとすると、突然腕を掴まれた。
「!」
「危ない、そこ」
「あ……ありが、とう」
相変わらず、相沢くんは愛想がない。表情だってそんなに変わらない。今まで通り普通に、友達として接してくれてる。だから何でもない、こんなこと全然何でもないことなんだ。
急いで教室を出て、どこにも行く所がないから、走って外に向かう。
外は暑い。頭の天辺から降り注ぐ日差しが作る自分の影は、くっきりしていてやけに小さくて、走る私と一緒にせわしなくついてくる。
一人、中庭の樹に寄りかかった。目の前には紫陽花。もう咲き終わって、花は皆茶色くしおれていた。蝉の声が頭の上から降って来る。
「何でもない、こんなの全然何ともない」
掴まれた腕を上から押さえて、気持ちを静めるようにゆっくりさすりながら声に出して自分に言い聞かせる。
言葉とは反対に、胸の奥が重苦しい。相沢くんを好きになって目が合うだけで嬉しくて、一言でも話すと楽しくて、気持ちなんて通じなくてもその日一日幸せで……そんな気持ち、今はもうどこかに落として失くしてしまったみたい。
辛くて苦しいばっかりで、これが本当に同じ恋なの? 本当はもう、とっくに気付いてるんだ私。
その時、話し声が聞こえてきた。
そっと隠れてそちらを振り向くと、吉田くんと……女の子がいる。
「悪いけど、ごめん。今そういう気ないんだ」
吉田くんの声がここまで届いた。
「返事、考えてもくれないの?」
「……」
「他の子の告白も、その場で全部断ってるって本当?」
「……本当」
「どうしちゃったの? 最近、昼休みも帰りも女の子とはいないんでしょ?」
「……」
「涼じゃないみたい」
「……そう?」
吉田くんの声が、何だか切ない。
「だって今までだったら、もうとっくに彼女作ってるじゃない」
「……そうなんだけど。でも俺、今は誰とも付き合う気ないから」
「なんか変。涼らしくない」
そう言うと女の子はその場を去った。
ど、どうしよう。見ちゃった。
吉田くんはポケットに手を入れて、その場に立ったまま俯いていた。
好き、って難しい。
誰かが誰かを好きでも、好きになってもらっても、それを受け入れてもらえない人だけじゃなくて、受け入れられない人も辛いんだ。
でもそれだけじゃなくて、吉田くんは何か、もっと違う何かで寂しそうにも見えた。
急に……パンをくれた時のこと、屋上での彼の表情、袖のボタンを付けた時に頬杖をついていた吉田くんの事、次々に思い出して切なくなって、なんだか泣きたくなってしまった。
私に元気をくれた吉田くんに、情けないけど私は何もしてあげられない。今私が出来る事は、ここから離れて彼をそっとしておいてあげる事だけ。それだけなんだ。
わかっているのに、彼の背中を見つめたまま、いつまでもそこから動けない自分がいた。
吉田くんの足下の影は私のよりもずっと大きくて、けれど私と同じ様にそこで立ち止まったままだった。
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