片恋〜栞編〜

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6 読めない沈黙




 昨夜からずっと雨が降っていて、今日はかなり肌寒い。長袖のワイシャツを着込み登校した。
 科学室に移動して、好きな場所に座る。大きな実験台になっている机は、一応男女で座ることになっているから、窓際の机に愛美と一緒に座った。あと二人、男子が座る。

 相沢くんは……あ、結構離れた席だ。ちょっとだけホッとした私がいた。あの告白からもう少しで三週間が経つ。振られたばかりの頃よりは、うんと辛くなることは減ったけど、やっぱりまだ私駄目だな。

 予鈴も鳴って、もうほとんど皆が席に着いた頃だった。遅れて入ってきた吉田くんが、空いていた私の前の席に座った。愛美が足で私の上履きを突っつく。別に何でもないんだけどな。この前一緒に授業をさぼった後、どうなってるのって突っ込まれたんだけど、どうも何も吉田くんと私の間に特別な事は何もない。
 彼とは屋上に行って以来、口をきくこともなかったし、もちろんこうして傍にいることすらなかった訳だし。

 私がノートを書いていると、視線がこちらに向けられているのに気がつく。吉田くん? 顔を上げて彼を見ると、すぐに視線は外された。気のせいだった? こっちを見ていたような気がするけど……。

 あ、頬杖をついている、吉田くんのワイシャツの袖のボタンが取れそう。気がつかないのかな。吉田くんがまたこちらを見た。
「取れそうだよ」
 袖を指差すと、彼は自分の手首を見て、ボタンが取れそうな事に気づいた。確か、ポケットにまだ入ってたと思うんだけど。あ、あった。私はポケットに入れておいた裁縫セットを取り出して、吉田くんに見せた。
 これ、何だかわかるかな? 吉田くんは、ああ、という顔をして頷いた。

 授業も終わり、愛美達に吉田くんのボタンを付けるからと声を掛け、今こうして吉田くんと教室に二人で残っている。また愛美達に誤解されそう。何でもないように、冷静に言ったから大丈夫だよね。

 それにしても……何で、黙っているんだろう。
 吉田くんてこんなにしゃべらない人だったっけ? いつも私が見る彼は、友達や女の子達に囲まれて楽しそうにしている人だったから、何だか緊張する。私とじゃ、あんまり話すこともないのかもしれない。
 この前の屋上の話をしてみようかとも思ったけど、彼も何も言わないし、私も結局黙っていた。

 ワイシャツのボタンだから、脱いでもらうわけにもいかず、手首をこちらに差し出してもらっている。
 吉田くんの手、大きいけど指が細くて綺麗。背が高いからもっとがっちりしてるのかと思ったけど、そうでもないんだ。よく見ると、腰も細いなあ。全体的に細身なんだ。って、なに私観察してるの。
 吉田くんは反対の手で頬杖をついて、たまにちらりと私が縫い付けているボタンを見ていた。
 こうしてボタン付けなんて何でも無い事なのに、彼の目線に何故か意識してしまう。私が相沢くんに振られたのを見られているから? この前授業をさぼって一緒に過ごしたから? 理由は自分でもよくわからない。
 吉田くん、今何考えてるんだろう。そう思ったら余計に針が上手く進まなかった。

 糸を糸切りバサミで切って、ボタンを付け終わる。たいした時間じゃなかった筈だけど、不思議と長く感じた。
 ふと顔を上げると、教室の入り口で女の子達がこちらを見ているのに気がついた。吉田くんを、待ってるんだ。
「はい、終わり」
 私が言うと彼は袖のボタンを見ながら言った。
「ありがとう」
「ううん。お待たせしました」
「え?」
「ほら、女の子達待ってるよ?」
 吉田くんは入り口を振り向く。女の子達は吉田くんを見て嬉しそうな顔をした。本当に、モテるんだな。私と二人でいたこと誤解してないといいけど。
「誤解されちゃったかな? 全然何でもないのにね」

 私の言葉に、吉田くんは何故か何も答えない。
 ただ私の顔を何も言わずに見つめている。見たことのないその表情に、一瞬だけ動けなくなってしまった。

「じゃ、先教室行ってるね」

 何となく気恥ずかしくて、自分の教科書を持って足早にその場を去った。





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