今日は吉田くんの誕生日。
十一月に入ってすぐの今日は、これから気温もあがって小春日和になるらしい。学校の門にある桜の樹は、いつの間にか紅くなった葉を落とし始めている。頬にあたる風も、秋から冬の匂いに変わっていた。
「おはよ、栞!」
下駄箱で、愛美に顔を覗きこまれた。
「おはよ」
「……緊張してる?」
「してる。すごく」
「いつ渡すの? プレゼント」
「……わかんない」
「告白しないの?」
「し、しないよ。できない。今日はプレゼント渡すだけ」
「そっか。頑張れ栞」
「うん、頑張る」
にこりとも出来ずに強張った私の顔を見て、愛美が頭を撫でてくれた。
「……井上くんには言ったの?」
「言ったよ。好きな人がいるから、付き合えないって」
「そっか。いい人だけどね」
昨日、2組の井上くんに告白されたけど、今愛美に言った通り、きちんと断った。吉田くんのことが、好きだから。
愛美と二人、廊下を教室に向かって歩く。
「ね、栞?」
「ん?」
「もしも、もしもだよ? 吉田くんが言った事、冗談じゃなかったらどうする?」
「え?」
「もし栞に本気で自分の思いを伝えてたとしたらさ、今吉田くん、どう思ってるんだろうね」
「……」
この前吉田くんとお茶をした日の夜、辛くなって愛美に電話した。愛美は何も言わずに黙って聞いてくれて、その後も私のことはそっとしておいてくれた。なのに、何で今そんなこと言うの?
席に着き、授業が始まった。
左隣を見ると、彼は頬杖をついて窓の外を見ていた。こっちを向いてはくれない。外は晴れていて、ぽかぽかと暖かくなってきた。天気予報の通りだ。
……つらい、な。
あれからずっと、こんな感じだった。私も彼と目が合いそうになると、そんな反応したくないのに目を逸らしてしまって、気まずい状態が続いている。メールも電話ももちろんない。私からも出来なかった。
私も頬杖をついて窓の外の空を見ながら、今朝愛美に言われた言葉を思い出していた。
あの時の、吉田くんの言葉が本気だったとしたら、私は吉田くんの思いにきちんと向き合えなかったことになる。でもそんなこと、有り得ない……よね。
結局、誕生日のプレゼントを吉田くんに渡すことなく、あっという間に午前中が過ぎてしまった。昼休み中に渡せないかな。でもこんな時に限って委員会で裏庭の整備がある。顔を上げると相沢くんがこっちを見て、もう時間だからと目配せしてた。
行かなくちゃ。取りあえず、いつでも渡せるように小さなバッグにプレゼントを入れて手に持ち、席を立った。
相沢くんのいる黒板に向かう途中で、声を掛けられた。
「鈴鹿さん」
振り向くと高野くんがすぐ傍にきて、こそっと小さな声で聞いてくる。
「……どう?」
「うん。あのね、お菓子作ったの」
「おー、すごいじゃん。もう渡した?」
「ううん、まだなんだ」
「絶対喜ぶから、あげてね」
喜ぶ、かな。
「……うん。あ、そうだ高野くんの分もあるんだよ」
「へ?!」
「いろいろ教えてくれたお礼に」
「あ、あそう? マジで? すっごい嬉しいんだけど」
「後で渡すね」
「委員会?」
「うん、そう」
「いってらっしゃーい」
高野くんは手を振ってくれた。
別のクラスの男の子と相沢くんと三人で裏庭で整備を始めてしばらくすると、ふと人の気配に気付いた。
一瞬だったけど、間違えるわけがない。吉田くんだ! 吉田くんがいる……!焼きそばパンをもらった樹の後ろ。
もう一人の男子は先生に呼ばれて行ってしまい、私が告白した時と同じ様に、相沢くんと私と吉田くんだけが裏庭にいる。
吉田くん、どうしてここにいるの? 昼休みだから? また一人で来たの? 彼の姿を感じて、私の中に急に抑えきれない感情が芽生えた。
聞こえてるよね。吉田くん、お願い聞いてて。
「あー、やんなっちゃうね。昼休みに」
「うん」
「相沢君、あの……あたしもう好きな人できたから、だから気にしないでね」
「え、」
「だから、もう気使わないでね」
相沢くんにもはっきり言えた。
「そうか。俺も……彼女出来たんだ」
「……そうなんだ。良かったね」
すごい私、心から言えてるよ。きっと杉村さんだ。おめでとう。
「うん」
「ね、もうここ、後はやっておくから相沢くんはいいよ」
「そう?」
「うん、後ちょっとだし。先行ってて」
「わかった」
相沢くんは一歩足を踏み出して、こちらを振り返った。
「俺、こんなこと言える立場じゃないけど」
「え?」
「……頑張って」
相沢くんが本当にチラッとだけど、吉田くんがいる樹に視線だけ送った。相沢くんも吉田くんがいるの気付いてる?
「……うん」
「お幸せに」
相沢くんが笑った。お幸せに、の意味がよくわからないけど、ありがとう相沢くん。私、頑張ってみる。
吉田くんに渡そう。頑張って作ったお菓子。
それから……それから、私の気持ちも渡したい。彼の姿を見て、どうしても伝えたくなってしまった思いが、溢れそうになってる。
怖いくらいに、ドキドキ言ってる心臓に手を当てながら、いつでも渡せるように手にしていたお菓子を持って、一歩ずつあの大きな樹に近付いた。
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