「……あの」
近付いた樹の向こうにいる筈の、吉田くんに向かって声をかける。
「焼きそばパンの人、ですよね?」
「……」
彼は否定しない。
「見ないから、手を出して下さい」
「?」
「これ、あげます」
吉田くんは、そっと手を出してくれた。この手、やっぱり彼の手だ。
「……私が作ったお菓子なんです。受け取ってください」
吉田くんの手の上に、ラッピングしたお菓子を乗せる。
「絶対に今日渡そうと思って」
今度は私があげる番だから。
「あの時、すごく嬉しかった。元気になれたのも、あなたのお陰です」
「……」
元気出して、って言ってくれた吉田くんに、やっと言える。
「さっき言った事、本当なんです。好きな人できたから、もう大丈夫」
振られて樹の陰で泣いていた時、教室にいられなくて逃げ出した昼休み、相沢くんを忘れようとした花火大会、怪我をして送ってくれた帰り道、いつもいつも傍に吉田くんがいてくれた。
「その人、すごく優しくて、照れ屋で可愛いんです」
胸が苦しくなるくらい優しくて、私の言葉に赤くなったり、照れた表情を見せてくれる吉田くんの、意外な素顔を知る度に大好きになっていく。
「それにかっこよくて、すごくモテるから……」
好きになってくれなくてもいい。さっきまで告白しないつもりだったのに、吉田くんの姿を見たら、また負けてしまった。屋上で吉田くんを好きだって認めた時と同じ。もう降参するしかないよね。
「だからまた、振られちゃうかも」
聞いててね。私の気持ち。
「好きなの、吉田くんの事が」
「……」
「顔見て言っちゃ……駄目?」
吉田くんは黙っていた。
綺麗な色の枯れ葉を踏みしめて、一歩ずつ彼に近付いていく。
樹の向こう側に……吉田くんはいた。膝を抱えて小さくなってる。顔は俯いていて私からは見えない。
でもやっぱり顔が見たい。
ごめんね。あの時見ないでって言ってたのに。でもどうしても伝えたいの。
彼の前に膝を着くと、彼が少しずつ顔を上げた。やっと見れた、見たかった顔。
告白して心臓もすごく早くなって緊張してるけど、やっぱりこうして彼の顔を見ると、ほっとして自然に顔が綻んでしまう。
「この前言ってくれたこと、冗談じゃなかったら……私のこと、彼女にしてくれる?」
私の言葉に、吉田くんは何も言わずに、じっとこちらを見つめて茫然としている。
彼の顔はどんどん真っ赤になって、突然ごしごし制服の袖で目をこすった。吉田くんの靴は上履きのまま。
泣いてたの? 涙を拭いて小さくなっている彼を見て、胸が痛くなる。あんなにわからなかった筈の彼の気持ちが、今手に取るようにわかってしまった。ノートに書いた文字の意味も、彼女になればって言ってくれた本当の気持ちも……。
彼はゆっくり傍に来て、震える手で私をそっと……抱き締めてくれた。
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