制服も冬服に変わって、涼しい風が気持ちいい。今日の天気は秋晴れ。だからこういう日は、あそこに行くんだ。
吉田くんがくれた焼きそばパンを売っているパン屋さん。そこは学校からも駅からも離れていて、かなり中途半端な場所にあるから、朝早く学校を出て寄らないと授業に間に合わない。かといって帰りにはもう、焼きそばパンは売り切れなんだよね。だから朝から気合を入れないと、そこには行けない。今朝はこの通りのお天気で、気分がすごくいいから早起きできた。そのついでに今パン屋さんに向かっている。
誰かいるかな? パン屋ルートを歩くと、パン屋へ向かう学校の制服を着た人を発見した。
もしかして、吉田くん? 高鳴る心臓に気付かないよう自分に知らん顔する。声、かけてみよう。だって愛美と絵梨に言った通り、ただの友達なんだから。
「吉田くん!」
私の声に彼が振り向き、驚いた顔をした。
「お早う! 早いね」
「お、お早う。どうしたの? こんな早く」
「パン屋さん行くの。吉田くんも?」
「うん」
「じゃあ、一緒に行こ」
「うん……!」
吉田くんが嬉しそうに笑った。吉田くんの笑った顔、やっぱりほっとする。彼の横に並んで顔を見上げた。同じだね。私も今日は涼しいからシャツの上にブレザー着て来たんだよ。思わず嬉しくて声を掛ける。
「天気いいよね。……こんな日は、」
「屋上!」
あ、吉田くんも同じ事言った。顔を見合わせて一瞬黙るけど、すぐ笑顔になる。
「やっぱり同じこと考えたよね?」
それだけの事なのに、胸が暖かくなった。
「いい天気だと思い出すんだ俺」
「あたしも」
また一緒に行きたい、な。
「栞ちゃん、よく行くの? パン屋」
「ううん。やっぱり朝は時間がないから、あんまり。今日は随分久しぶりなんだ」
「俺もなんだよ。もう何ヶ月ぶりだろ」
「そうなんだ。すごい偶然だね」
私はあの告白の日、吉田くんにパンをもらって以来、口にしてないんだ。
私達の好きなかなり古いパン屋さん。私こういう所すごく好きなんだ。新しくてオシャレなのもいいけど、ここは何だか落ち着く。ガラスの引き戸を吉田くんが開ける。
「はい、いらっしゃい」
いい匂い。焼きそばパンは……あった! やった、久しぶりにゲットだ! 嬉しい! 今日のお昼が急激に楽しみになる。
「吉田くん、先にいいよ」
このパン屋さんは、ガラスケースの中のパンをおばさんに取ってもらって会計になる。もう吉田くんは決まってたみたいだから、先に言ってもらうことにした。
「うん、じゃあえーと、焼きそばパンと、コロッケパンと、卵サンドね。後は……そのラスクも」
吉田くんの言った、焼きそばパンと言う言葉に、胸がぎゅっと痛くなった。
あの時の優しい味は、吉田くんの心みたいだった。焼きそばパンとコロッケパン、私も好きだよ。吉田くんも同じなんだね。自分でも気付かないうちに、私は吉田くんを見つめていたらしく、視線に気付いた彼は私を振り返った。
「……何?」
「う、ううん。なんでもない」
「?」
「あたしも……焼きそばパンにしていい?」
「え? うん。もちろん」
「あと、コロッケパンもいい?」
「うん。どうしたの?」
「ううん。……吉田くんの、真似したくなったの」
何、言ってるんだろう私。慌てて目の前のパンに視線を向ける。変に思われたかもしれない。
パンを買って外に出る。外の空気を吸い込んで、落ち着かせようとした心は彼の一言でまた騒ぎ出した。
「あの、さ。今日昼一緒にパン食べない?」
「……」
「屋上で」
「……うん、いいよ」
「え、ほんとに?」
吉田くんがこうして誘ってくれるのが、嬉しい。
嬉しくて、本当に嬉しくて、もうどうしていいかわからない。肩に掛けた鞄の持ち手を握る手に力が加わり、その場に立ち止まる。
あの時、パンをくれたのは、吉田くんなんだよね?
私に元気出してって、言ってくれたのは、目の前にいる吉田くんなんだよね?
「吉田くん」
「ん?」
「焼きそばパン、好き?」
「……うん。すごく」
「あたしも、好き」
吉田くんは私の瞳を見つめた。
パンが好きとしか言ってないから、何も思わないよね。私馬鹿だ。今頃、認めたくなるなんて。あんなに否定してたのに。あんなに違うって、愛美達にも言って、自分にだって言い聞かせたのに。
「……美味しいよね」
「う、うん」
私から視線を外した彼が頷いた。
道端に咲く背の高い秋桜が、風に吹かれてゆらゆら揺れている。その風は、彼と私の髪を同じ様に揺らした。
友達なんて、嘘。
友達になんて、吉田くんとは……なれないよ。
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