窓の外を見ると、朝と同じ様に青い空が広がっていた。うん、今日はこのまま雨も降らなそう。屋上、大丈夫だよね。
休み時間、愛美を振り向き話しかける。
「あのね、今日あたしお弁当他の人と食べるから、気にしないで彼と食べて」
「え? 何、どうしたの。誰と?」
「……」
ちょっとここじゃ他の人もいるし、言いにくいからノートの端に書いて見せた。
『吉田くん』
「えっ! 嘘! 何で?!」
「声おっきいよ」
私の言葉に愛美が肩を竦めて、声を小さくした。
「ごめんごめん。で?」
『一緒に食べようって誘われたから、行って来る』
顔を上げると、愛美と目が合った。
「栞、この間はごめんね。よく考えな、なんて言っちゃったけど、今日は何も考えないで行ってきなよ」
「うん。愛美、ありがとう」
愛美は笑って私の頭を撫でた。愛美と絵梨に聞いてもらいたくなったら、すぐに言うから。だからもう少しだけ待ってて。
お昼休みになって、吉田くんの方を見ると、彼は原くんと話している。と思ったら、教室から出てしまった。パンの袋は持っていたみたいだけど、もう行っちゃったの? 飲み物買いに行ったのかな。私も慌ててパンの袋とお財布を持って立ち上がる。
「じゃ、行くね」
「ん、行ってらっしゃい」
愛美は小さく頷いてくれた。
昇降口の自販機に急ぐと、もう人がたくさんいる。でも吉田くんはいなかった。あのまま屋上に行ったのかな。飲み物持ってなかったから買っていってあげよう。
ここで前に一緒に飲んだ紅茶のペットボトルを二本買って、屋上へ急いだ。あの時感じた、わくわくした気持ちが戻ってきたみたい。階段を駆け上がる。
吉田くん、いるよね? 私のこと待っててくれてるって思ったら何だか嬉しくて、4階までの長い階段も全然大変じゃなかった。
重い扉に力を入れて一気に開ける。
青い空が広がったのと同時に、女の子の声が耳に飛び込んだ。
「涼が好きなの! あたしが彼女になっちゃ駄目?」
え……涼? 声がした方を見ると吉田くんと女の子がいる。告白? 告白だ。また、見てしまった。
「好きなの、本当に……!」
女の子は吉田くんに抱きついた。
「!」
見ちゃいけない……そう思うのに、足が動かない。心臓がズキンズキン音を立てて頭まで響いてる。
吉田くんはその子の肩に手を置き、自分から引き離して言った。
「ごめん、今そういう気ないんだ。だから、本当ごめんな」
吉田くんから離れた彼女は、私の方へ走ってきた。……泣いてる。すれ違う時、ほんの少しだけ、とん、と肩がぶつかって、彼女は扉を開けて行ってしまった。
私、いやな子だ。
吉田くんが、彼女の告白を断ったのを見てほっとしてしまった。彼女が吉田くんに抱きついた時、すごく苦しくて、とても……いやだった。そんな事思う権利なんて、私にはないのに。
吉田くんがこちらを見ている。
彼と目が合った瞬間、罪悪感のようなものが纏わり着いて離れない。どうしよう、いやな子だって伝わってしまうかもしれない。でも私を待っていてくれる。一緒に食べようって約束したんだから、行かないと駄目だよ。
私は彼から目を逸らして、そのままゆっくり近付いた。
「ごめんね、遅くなって」
吉田くんの隣に座る
「え、ううん」
返事をした彼も私の隣に座った。
何て言ったらいいかわからない。彼も何も言わない。二人で黙ってパンの袋を開けた。
「これ、買ってたの。あげる」
さっき買った紅茶を差し出す。受け取ってくれるかな。
「あ……ありがとう。俺、忘れてた飲みもん」
「すぐに行っちゃったから、そうだと思ったんだ」
やっぱりそうだったんだ。思わず笑みが浮かぶ。
飲み物代、いらないって言ったんだけど、私の手に小銭を乗せて吉田くんは言った。
「俺、早く来たかったんだ。屋上に」
急いでたもんね。お腹減ってたのかな。
「そんなにお腹空いてたの?」
「え、あ、はははっ! そうだけどさ、それだけじゃないよ」
あ、笑われた。でも良かった。さっきまでのちょっと気まずい雰囲気が少しずつ消えていく。
「早く一緒に食べたかったんだ。こうやって」
「え……」
「栞ちゃんと、さ」
彼はそう言うと、パンを口に入れて、もぐもぐとさせていた。私の方は全然見ないで、パンと遠くの方に視線を往復させている。その表情に私の心の奥で何かが動いた。
もう……降参だよ。そんな顔してそんな事言われたら、もう認めるしかない。
私、吉田くんが好き。大好き。
やっぱり隠せない。閉じ込めておけない。いつの間にかこんなに好きになっちゃってる。
「……あたしも」
「え」
「あたしも早く屋上に来たかったんだ」
「……」
「授業中からずっと」
そうだよ。私すごく楽しみにしてた。久しぶりの焼きそばパンも、もちろんだけど、こうして吉田くんと一緒に屋上に来ることがすごく楽しみだった。
「……腹、減ってたから?」
こちらを振り向いた彼の頬に、今食べたコロッケパンのコロッケがくっついている。思わず笑ってしまう。可愛い。
「吉田くん、顔にコロッケ付いてるよ」
「えっ!」
彼が慌ててそれを取ろうとしたから、先に手を伸ばして取ってあげた。
「食べちゃえ」
私、吉田くんの頬に付いていたコロッケ、口に入れてしまった。だって、あの貴重なパン屋さんのコロッケだもん。もったいないし。目の前で捨てるのも失礼だと思うし。……全部言い訳だけど。
吉田くんが私を見てる。驚いた? 恥ずかしいから、知らん顔するんだ。さっきの吉田くんと同じ様に、パンを口に入れて何ともないように口をもぐもぐ動かす。
彼を好きっていう気持ちを認めた途端、すごく心地良くて、息苦しさも無くなった。この気持ちはきっと叶わないってわかっているのに、不思議。
吉田くんと一緒にいると、私はいつも笑っていられる。傍にいるだけで、ほっとして安心できる。
だから私を好きになってくれなくてもいい。彼から元気をもらった様に、私も何かしてあげたい。
そしていつか好きっていう想いを、素直に伝えられたらいい。
それだけで、いい。
目の前の青空を見て、隣の吉田くんを感じながら、気持ちのいい秋の空気を吸い込んだ。
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