片恋〜栞編〜

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15 素直になれない




 足首の痛みも治まり、吉田くんへの思いを胸の奥に閉じ込めて、何もない振りをしながら気がつけば、もう十月に入ろうとしていた。

「愛美おめでと!」
「……ありがと」
 私と絵梨の言葉に、愛美は嬉しそうに笑った。
「あとは、栞だね」
 絵梨が私の方を見る。
 愛美に彼ができた。同じクラスの男の子で、すごく優しくて、愛美に告白してからずっと返事を待っててくれたんだよね。
「いいよ、あたしは。二人が幸せそうだから、何か満足してるし」
 ほんとに、自分の事はまるでそんな気にはなれなかった。

「栞、好きな人もいないの?」
 愛美の言葉に目を逸らす。
「いないよ」
「即答するところが怪しい」
 逸らした視線の先から絵梨が覗き込む。
「な、何にも怪しくなんかないよ」

 今日は中庭の芝生になっている所で、三人でお弁当を広げて食べていた。まだ日差しが強い日もあるけど、時折吹く風はもう随分涼しくて、秋の入り口に入り込んでいる。中庭には、蕾をつけた秋桜が揺れていた。

「ね、吉田くんてさ、栞の何?」
 突然、吉田くんの話題を愛美が振ってきた。
「……何、って何、突然」
「友達?」
「友達だよ。それ以外に何があるの?」
「ふーん。そっか。そうだよね」
「そうだよ」
 何、どうしたの急に。持っていたおにぎりに力が入って、少しだけ潰れてしまった。

「じゃあ吉田くんに彼女ができても、喜べるよね? 関係ないか。ただの友達だし」
「え、吉田くん彼女できたの?!」
 いきなり胸がズキンとした。
「……」
 愛美は黙ってお弁当を食べている。
 え……どうしよう。ほんとに? 全然知らなかった。でも当たり前だよ、彼女ができないわけがない。誰だろう。私が知ってる人?
「……ね、ほんとに?」
「気になる?」
「それは、気になるよ」
「何焦ってるの、栞」
「べ、別に焦ってなんかないよ、ただ」
 愛美がお箸を止めて、私の顔を覗きこんだ。
「ただ……何?」
「え、ただ……知りたいなって」
「いいじゃん、別に知らなくても。関係ないんでしょ?」
 またお弁当を食べ始める愛美に、何も言えなくなってしまった。

「ね、相沢くんにも彼女できたって知ってた?」
 今度は絵梨が私に声を掛ける。
「そうなの?」
「誰か知りたい?」
「え、別にいいよ。だいたいわかるし」
「まだ好きなんでしょ?」
「ううん。もう……違うよ。友達としては好きだけど」
 相沢くんの事は大丈夫。っていうか、彼女ってきっと杉村さんだし。
 それよりも、まだ胸に引っかかってる。おにぎり持ったままで、全然食べられないよ。
 どうにかして話題を戻そうとしていた私がいた。二人ともお弁当を食べ終わったみたい。もう聞いてもいいかな。

「ね、あの……、それで誰なの? 吉田くんの彼女」
「何でそんなに知りたいの?」
 愛美がお弁当箱をランチバッグに入れながら聞く。
「……え、何でって。友達だし」
「だって相沢くんのは聞かなかったじゃん。友達なのに。だったら吉田くんのだって別にいいんじゃないの?」
 その通りなんだけど、けど……。
「何でそんなに意地悪言うの?! 教えてくれたっていいのに……!」
 何これ、何で泣きそうになってるの私。これじゃ小さい子と一緒だよ。

「だって知らないし、嘘だもん」
「!!」
「吉田くんの事も、相沢くんの事もぜーんぶ嘘だよ」
 愛美と絵梨がにっこり笑った。
「今良かったって思った?」
「え……」
「ホッとした?」
「……」
「栞、素直になりなよ」
「栞に自覚が出来たら、教えて? 何でも聞くから」
 二人が優しく私に微笑む。
「ちょっと売店行ってくるから待っててね」
「あたし、手洗いたい」
 茫然としている私に、良く考えなねと言って、二人は私を置いて行ってしまった。

「……」
 上を見上げると、晴れた空にいわし雲が綺麗に並んでる。

「素直になんかならない」
 手にしていたおにぎりを口に入れながら呟く。
「ぜーったい、ならない」
 もぐもぐと口に入れて、食べながらまた呟く。
「しょうがないじゃん……」
 もう一回空を見る。何故かいわし雲が滲んできた。
「なりたくても、なっちゃいけないんだから」
 おにぎりと一緒に、溢れ出しそうな気持ちを喉の奥に押し込む。

 目をごしごし擦って、もう一回空を見る。
 好きとか、友達だからとか、そういうの全然関係なしに、また吉田くんと一緒に屋上に行きたい。


 あの時みたいに、何も考えずに……また一緒に空を眺められたらいいのに。




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