今日の体育は外でバレーボール。一年生が体育館を使っているから、私達は外のコートに来ていた。まだまだ蝉が鳴いて、残暑が厳しく続いている。
「ぐったりだね」
照り返しの強いコートで私が声をかけると、愛美が顔を上げて言った。
「ほんと……あ、ねえ今日男子も外でバスケだよ」
バレーボールのコートと、中庭にあるバスケのコートは隣合わせだったから、男子のバスケはここから見える。
準備体操と、ボールに慣れる為にしばらくレシーブやトスの練習をしてから試合が始まった。授業では9人制。私、バレーボールは結構好きなんだよね。
「いくよー!」
空に上がる白いボールが眩しい。何回かラリーをしていると、急に横から悲鳴が上がった。
「吉田くん、決まった!」
「入ったよ!」
試合じゃない女の子達は、男子の方を見ていた。思わず私もそっちを振り向く。
「栞!」
「え……あ!」
気を取られてる間に、ボールに向かってきた子がもう目の前にいて、気がつけばそのままぶつかって、その拍子に後ろへ倒れてしまった。
「い、たた」
「ごめん! 大丈夫? 鈴鹿さん」
「へ、へーき。あたしこそごめんね」
う……! 右足に鈍い痛みが走った。
「あ、捻った?」
「そうみたい。けど大丈夫」
「保健室行く?」
「うーん、じゃあ一応。湿布もらってくるね」
先生には言っておいてもらい、取り敢えず一人で保健室に急いだ。保健の先生は研修で、ベッドに引いてあるカーテンは全部開かれ、がらんとしていて誰もいなかった。
「あれ? 棚に入ってなかったっけ?」
ガラス戸の医療棚をあちこち探すけれど、湿布がない。……ないわけないよね。絶対必要なものだし。
「失礼しまーす」
ガラっと戸が開いて誰かが入ってきた。振り向くと……吉田くん! な、何で? 今試合してたよね? どうしよう。落ち着いて栞。
「あ、吉田くんどうしたの?」
「え、ちょ、ちょっと怪我しちゃって」
吉田くんが見せてくれた肘は、擦りむけてかなり血が出ていた。
「よ、吉田くん! 大丈夫? ちょっと待って!」
どうしよう。結構血が出てるよ。怖い、けど早く消毒しないと。
「そこ、座って」
「ありがとう。でも自分で出来るからいいよ」
「駄目だよ! 座って」
あ、大きい声出しちゃった。でも吉田くんは、傍にあった椅子に素直に座ってくれた。
「先生は?」
「午後から研修なんだって。夕方には戻るみたいだけど。水で洗った?」
「あ、うん」
「ちょっと沁みるよ?」
吉田くんの肘の血を脱脂綿で拭き取って、その後消毒をする。……痛そう、大丈夫かな。彼は私から目を逸らして少しだけ俯いている。
無我夢中でガーゼを貼ったけど、よく考えたらすごく近くない? ダメダメ、何とも思わない。全然平気これくらい。吉田くんは友達だもんね、ただの。
よし、終わった。冷静さを保ちつつ、棚に消毒液を片付ける。
「ありがとう。あの……、し、」
「ん?」
「栞ちゃん、は、どうしてここに?」
あ、栞ちゃんって呼んだ。吉田くんはまだ目を逸らしてる。
「あたしも怪我したの。たいした事ないんだけど」
ていうか、忘れてた。
「え!」
吉田くんは驚いて顔を上げる。
「大丈夫。足、少し捻っただけなんだ。湿布を探してたんだけど見当たらなくて」
「ごめん! 俺、こんなことさせて」
「え、全然大丈夫だってば」
「ちょっと待ってて。ここ座って」
そう言って彼は慌てて椅子から立ち上がって私を座らせた。一瞬だけ、私の肩に大きな手が触れた。
「……!」
思わず下を向く。動揺した顔、見られなくない。
吉田くんは、私と同じで棚の中を探してくれていた。
「ないでしょ? だからもういいや」
「いや、ここかも」
え? 冷蔵庫? あ、そっか。冷やしてあるんだ。ほんとにあった。
「後は……ネット、ないな」
「包帯あるかな?」
「あ、それならある」
彼は包帯を取り出し、湿布と一緒に渡してくれた。
「ありがとう。助かっちゃった」
ほんと良かった吉田くんがいて。冷蔵庫は気がつかなかったな。
靴下を脱いで、湿布を貼って包帯を巻いてみる。っていうか、私包帯なんて自分で巻いたことない。吉田くんが見てると思ったら、よけい緊張して変な風になってきた。何かすっごい変じゃない? これ。恥ずかしいけど、巻くしかない。けど、ますますおかしなことになってきた。
「あのさ、俺が巻くよ」
「え?」
「……貸して」
そう言って彼は私の手から包帯を受け取り、それを巻き直し始めた。
「……」
吉田くんの綺麗な指に、私の足が触れられてる。
彼は別にこんな事、全然何でもないように包帯を巻いている。
そうだよ、私だってこんな事なんともない。呪文のように心の中で何度も呟くのに、私の心臓はまるでそれを否定したいかのように、どんどん大きい音になって、私の全部を包んでいって……もう、何も言えなくさせていた。
他には誰もいないんだってこと、急に気付いてしまって余計に戸惑う。
保健室は静かで……すぐ傍の吉田くんの息づかいまで、聞こえて来そうだった。
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