日曜日の夕方、クリスマスに行けなかった赤レンガ倉庫の広場へ向かった。
彼女の手には俺がクリスマスに渡せなくて、さっきプレゼントしたばかりの手袋がはめられている。いつも冷たかった栞の手が、気になってしょうがなかったから、プレゼントは手袋と決めていた。
「ほんとに、綺麗……」
栞がライトアップされたスケートリンクの上で周りを見渡し、口に手を当て白い息を吐いた。
「涼、あのね」
栞が俺の腕を引っ張る。
「ん?」
「あたしも渡したいものがあるから、スケートの後、もう少しだけ一緒にいてくれる?」
「え」
珍しい栞の誘いに、動揺が隠せない。
「いい?」
「も、もちろん全然平気!」
やべ、すごい嬉しい。そんなの俺は栞がいいって言うまで、いつまででもいいんだから、全然遠慮しないで言って欲しい。
それにしても渡したいものって、何だろう。栞がくれるなら何でも嬉しいけど、改めて言われると緊張する。
リンクから出た後、海沿いの空いていたベンチに座る。ライトアップされた場所以外はもう真っ暗で、振り向くとベイブリッジが見え、潮風が栞の髪を揺らした。
「あのさ、ひとつ聞いてもいい?」
「うん」
「桜井に言われたんだけど、栞……泣いたの?」
あいつに言われてずっと気になってたことだった。栞が海の方を振り返る。
「涼とお昼一緒にいて、でもお弁当食べなかった時あったでしょ? 涼がコーヒーだけで」
「俺が栞の話に返事しなかった時?」
恥ずかしいけど、俺が思いっきり拗ねてた時だ。
「そう。先に階段を下りた後、教室に戻りたくなくて図書室の方に行ったら偶然杉村さんに会ったの」
相沢の彼女か。
「それで、話してたらちょっとだけ泣いちゃって。そこに偶然桜井くんが来たんだ」
「……」
「杉村さんと桜井くん、同じクラスだから二人で心配してくれて。でも桜井くんには詳しい理由は話してないの。もう関係ないって思ってたし。だけどすぐに涼のことだってバレちゃったみたい」
「ごめん……泣かせて」
「ううん。あたしも悪かったから。涼ときちんと話さなきゃいけなかったのにね」
栞は海から俺に視線を移した。
「手袋、ありがとう」
「気に入った?」
「すごく」
良かった。でも今までしてるのを見たことがない。本当はあんまり手袋は好きじゃないのかな。俺の気持ちを汲み取ったかのように栞が言葉を続けた。
「……あたしが手袋してなかった理由、わかる?」
「あんまり好きじゃない?」
「ううん。いつも着けてるよ。でもわざとしてなかったの。今年の冬は」
「え、なんで?」
今年の冬は? どういう意味だろう。
「笑わない?」
「うん」
「……涼と手、繋ぎたかったから」
栞が小さな声で言った。
「だから涼と手を繋ぎたい時は、手袋外すね? それ以外は必ず着けるから」
な、何でそんな可愛いこと言うんだよ。俺の顔にまた血が上っていくのがわかる。いい加減に慣れないといけないんだろうけど、栞から期待していなかった筈の言葉を貰うと、未だにどうしても駄目だ。
「あたしからはこれ。はい」
綺麗な色の袋を渡され、中を開けると手に柔らかい感触が伝わった。
「マフラー?」
「うん。ね、貸して?」
栞は手袋を外し、俺の首にマフラーを巻いてくれた。
「自分で編んだんだけど、どうかな」
「自分で?」
栞の手編み……そう思った途端、急に首元がくすぐったくなる。
「これ作ってて忙しかったの、12月」
「え」
「初めて編んだから愛美に教わってたんだ。ちょっと難しいのに挑戦したから何回もやり直して、クリスマスに間に合うかどうか、ヒヤヒヤしちゃった」
「……」
「内緒にしたくて……間に合うかどうかも怪しかったから、いつ会えるかわからないなんて言ったの。ごめんね」
栞は済まなそうに目を伏せた。
「なんだ……それで、忙しかったのか」
額に手をあて俯き、笑ってしまった。自分の馬鹿さ加減に。
「俺、あの時栞に嫌われたのかと思っててさ、メチャクチャ悩んでたよ」
ホッとしたのと、嬉しいのと、恥ずかしいのが混ざって、情けなくて笑うしかないよな、もう。
「ほんと、馬鹿みたいだ俺」
その時、額に当てていた俺の左手を栞が両手で握ってきた。
「涼、悩んだの?」
「悩んだよ」
「不安になった?」
「なるよ。当たり前じゃん」
「……そうだよね」
栞は俺の手をじっと見ていた。何となく恥ずかしくなって、空いている反対側の手でマフラーを触る。あったかいや、ほんとに。
目の前で大型のフェリーが通り過ぎ、汽笛を鳴らしていった。
「いつも首元寒そうだったから」
「あ、ああ……うん」
「マフラー、してなかったでしょ?」
「全部捨てた。手袋も」
「え?! なんで?」
あんましこういうこと、栞に言いたくなかったんだけど。
「全部貰った奴だったから。栞以外の子から」
彼女は驚いて、口を開けたまましばらく俺を見つめていた。
「いいんだ。俺がそうしたかっただけだし」
マフラーどころの話じゃなかったからな。結構何もなくなったよ。いつ頃だったっけ? 夏休みだったか。途中で俺何やってんだろって気付いたけど、自分の気持ちにケリがついたからさ、あれで良かったんだ。
栞が今度は両手を俺の両頬にあてた。
「涼、冷たいよ? 寒くない?」
「マフラーがあるから大丈夫」
今度は俺が、栞の手を上から両方包み込むようにして握る。小さい手は俺の手の中にすっぽり収まった。
「ありがとう。大事にする」
「うん」
大事に、する。マフラーのことだけじゃない。目の前の栞に向けてもう一度言った。
「うんと大事にする」
「……うん」
伝わって欲しい、この気持ち。
2回目のキスは、前よりも少しだけ彼女の温もりに近付いた気がした。
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