栞にキスした。2回目だ。
ゆっくり離れてそっと目を開けると、栞も静かに瞼を上げて何故か俺からその瞳を逸らした。
「……涼」
「ん?」
「やっぱり寒いの?」
「え、なんで」
「だって……涼、アイスみたい」
「へ?」
「すごく冷たかったよ?」
アイスって……。そうか、そういう事言うのか。俺今ものすごい緊張してたんだけど。まだすっごくドキドキしてるんだけど。栞のことで頭が一杯で、そんなこと考える余裕なんて全然なかったんだけど。
栞の目を黙ってじっと見つめたまま、握っていた両手もまだ離さないで、さっきよりももう少しだけ力をこめる。
「な、何?」
焦る栞に向かって、ちょっとだけ意地悪言いたくなった。
「じゃあ……」
「?」
「もっと食べる?」
「え……」
返事を待たずに、もう一度キスした。栞が俺の事以外何も考える余裕なんて持てないように。いっつも俺ばっかりあたふたしてると思ったら、大間違いなんだからなー!
って思ってたけど、いつの間にかやっぱり栞の事以外は考えられなくなって、夢中になって余裕がないのは俺の方になっていた……気がする。
もう一度お互い目を開けると、栞の目から涙が零れた。え! ど、どうしよう。泣くほど嫌だったのか?! 思いきり動揺しまくって彼女の手を離し、両肩を掴んで顔を覗きこむ。
「ごめん、嫌だった?!」
俺の言葉に栞は頭を横に振って、小さな声で言った。
「……あたしだって」
「?」
「言わなかったけど、ほんとは……」
栞はそこで黙ってしまった。
「……」
「……」
やばい、また胸がズキズキしてきた。彼女の沈黙が痛くてたまらない。
「……ほんとは、何?」
「いい。何でもない」
「言って、欲しいんだけど」
「じゃあ顔見ないでね……絶対」
「え、あ、うん」
何だろう。ほんとは……何だ? ほんとは……好きじゃない、とかだったらどうしよう。いででで、心臓が。いやいやいや、だからそれは考えすぎだって。今更それはないだろ。ほんとはキスしたくなかったとか。それは……マズイ。そんなこと言われたら、多分この場でぶっ倒れて即救急車だよ俺。でも、それも多分大丈夫だ。さっき横に頭振ってたし。
動揺しすぎて心臓だけじゃなくて頭も痛くなって、久しぶりに恋わずらいのあの症状が出てきた。両思いなのに恋わずらいって……自分に突っ込んで、情けなくなる。
「……ほんとは、あたしもヤキモチ妬いてた」
え?
耳に届いた彼女の言葉は、俺の予想とはあまりにもかけ離れていて、上手く理解することができない。
「ほんとは、あたしだけ見てて欲しいって思ってたし、元カノと仲良くして欲しくないって思ってた」
「……」
「涼に触って欲しくなかったし、でも……」
栞の声がだんだん小さくなっていく。
「でもそんなの我侭だし、涼に嫌われるのは嫌だったし、元カノだって皆いい子だから嫌いにはなれないし、だから上手く言えないけど、あたしもヤキモチ妬いてたから」
「……」
「冬休みも、もしかしたらすぐにでも涼に振られて、元カノの所に行っちゃうんじゃないかって。それとも告白してきた女の子と付き合っちゃうかもしれないって、馬鹿みたいだけどそんな事毎日考える自分がすごく嫌だった」
「……栞」
「本当は不安だったの……すごく」
栞の肩が小さく震えていた。俯いてる彼女の頬に手を当てて涙を拭う。
「……見ないでって、言ったのに」
栞は自分で目をごしごし擦って、俺から顔を逸らした。
「……ごめん」
本当に俺自分の事ばっかりで、栞の気持ちなんて少しも思ってやれてなかった。高野に言われた通りだ。栞は我慢して表に出さなかっただけなんだ。
「嫌いになった……?」
栞が珍しく自信なさそうに、消え入りそうな声で言った。
「嫌いになんてなるわけない」
俺なんかもっとひどかったんだし。目の前の彼女をうんと強く抱き締めた。
「嬉しいって言ったら、変?」
「え……」
「栞のその気持ちが嬉しいって言ったら、おかしい?」
栞が顔を上げた。目がまだ潤んでる。そっと濡れた睫に触れた。
「何でヤキモチ妬いたか言って?」
すごい事聞いてるぞ、俺。
「何でって」
「どうして、ヤキモチ妬いたの?」
「それは……」
栞が目を逸らす。でも駄目だ。どうしても聞きたい。逸らした目を追いかけて、栞の顔を覗きこむ。
「……涼が」
「うん」
「涼のことが大好き、だから」
よっしゃあああ! 大好きって言ってくれた! 告白の時以来だ!
「涼、今日意地悪だよ」
彼女は顔を赤くして口を尖らせる。
「栞だって意地悪じゃん」
「え、なんで?」
「だって、アイスみたいとか……俺そんなこと考える余裕なかったし」
「怒った?」
「怒ってないけどさ」
「恥ずかしかったの、ああ言わないと。ほんとは涼の事で一杯で、あたしだって他の事考える余裕なんてなかったよ」
……栞ってさ、何というか冷静に見えるし、淡々としてるし、俺と同じこと考えてるなんて想像もつかなかったんだけど、本当はそうでもないんだよな。きっとまだ俺の知らない栞がたくさんいる。もっと知りたい。それで俺の気持ちも、もっと知って欲しい。
「もっと我侭言っていいんだよ? この前栞が言ったみたいに栞も言ってくれないとわからない。俺も言うから」
「……うん」
腕の中の栞を見つめる。言うぞ? 俺の気持ち。
「俺が栞に夢中なのわかる?」
「え……」
「片思いの時よりも、もっともっと好きになってるの伝わってる?」
「……」
「ヤキモチ妬かれるのもすごく嬉しいけど、妬く必要ないよ。栞しか見えてないから俺」
栞は口を結んで、じっと俺の言葉に耳を傾けている。
「比べるつもりないけど、今まで付き合った子とは全然……違うんだ。信じて欲しい」
彼女の目に、涙が浮かんできた。泣かせちゃうかな。でも言いたいんだ。
「栞が俺の事好きっていうよりも、俺の方がずっと栞を好きだって知ってた?」
「……知らない」
「じゃあ……知って」
胸が苦しくなって痛くなって、誰よりも一緒にいたくて、辛くなったり、何もいらなくなるほど嬉しくなったり、哀しくないのに涙が出たり、そういうの全部栞が教えてくれた。
だから今度は俺があげる番なんだ。好きっていう気持ちと、胸の奥から湧き上がる愛しいって気持ちと、うんと幸せな気持ち。
全部、あげる。
栞に何度もキスして伝えた。今やっと栞に近づけた気がする。
空には星がたくさん輝いて、辺りは波の音だけが響いてた。
Copyright(c) 2009 nanoha all rights reserved.