何だこれは。
栞と出逢ってから、何回この台詞を心の中で言っただろう。
だってさ、キスってこんなんだったっけ? 栞に近付いて、そっと唇を重ねただけなのに。なのに、何だよこの気持ちは。
胸の奥から来るこの気持ちは。
こんなに好きなんだから、もうこれ以上なんてないと思ってたのに。それ、間違いだよ。もっともっと湧き上がる、好きだっていう気持ち。どっから来るんだよ、こんなにたくさん。
それにどうして哀しくもないのに、涙が出るんだ。もう片思いじゃないのに。
栞が許してくれたから? 嫌われてないってわかったから? こんな情けない俺の傍にいてくれてるから? きっとそれも全部その通りなんだろうけど、
ただ、栞を好きなんだ。そう思うだけで、涙が浮かぶ。
目を開けた栞が驚いて俺を見た。
「涼? 痛いの?」
口を引き結んで、何も言えずに顔を逸らして慌てて目を擦った。み、見られた。何やってんだよ、俺は。
「違う。痛いんじゃない」
「……哀しいの?」
「違う」
「……」
「……」
もう一度栞に顔を向けると、彼女が心配そうに俺を見つめている。
「やっぱし痛い」
「え、どこ?」
「怪我じゃなくて。胸の、奥が」
「え」
「栞を思うといつも痛くなるんだ、俺」
「……」
「いつもどうしていいかわからなくなる。片思いしてた時から今までずっと。栞のこと……好きすぎて」
「……涼」
「好きすぎて、付き合ってても自信が無くて、ずっと……片思いみたいに感じてた」
俺の言葉を聞いて、栞が言った。
「もっと教えて」
「え?」
「涼の気持ち。もっと教えてくれなきゃわからない」
「栞」
「もっと話してくれなきゃ、わからないよ」
そう言うと、栞は膝立ちになって俺の頭を抱き締めた。う、うわ……。どうしよう。む、胸が……!
「聞こえる?」
「え……」
「あたしの心臓の音」
栞のセーター越しに、彼女の音が届いた。
「……聞こえる」
「同じだよ。あたしだって、胸が痛くなってたよ。涼のことが好きで、涼を思うと寂しくなったり、嬉しくなったり、涙が出たり……おんなじだよ」
栞がそっと俺の髪を撫でてくれた。暖かくて柔らかい彼女の感触に、優しいその言葉に、また涙が出そうになる。
「だから、大丈夫だから。何でも言って?」
「……うん」
「あたしも言うから」
栞が俺の額に自分の額をくっつけて言った。
「やっと涼と話ができた気がする」
「……俺も」
二人で目を合わせて笑った。あーあ、良かった。
栞がまた俺の胸に顔を埋めて、お互いにぎゅーっと抱き合った。いででで、身体中が痛い! ほんっと、冗談抜きで痛い。……でも、この痛みを忘れちゃいけないんだ。今日のこの痛みをずっと、さ。
窓の外は、すぐに止んでしまいそうな白くて小さい雪が降り始めていた。
「まだ、いい?」
「え?」
「まだ栞のこと、離したくないんだ」
「……いいよ」
電気も点いていない科学室の中は、もうとっくに薄暗くて、とても寒い。でも、どうしても栞を離したくなくて、ここから出たくなくて、いつまでも彼女を胸に抱いて、お互いの温もりを分け合っていた。
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