片恋〜続編〜

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23 近付く気持ち




 取りあえず起き上がろうと、床に手をつき力を入れた。

「!」
 いってええ! 床についてる左手を握り締めて、右手を腹にあてる。あいつ調子に乗りすぎだっつーの。俺もかっこつけすぎたか、やっぱし。少しくらいやり返してやりゃ良かった。ちょっと後悔。
「……く」
 思わず声が出る。カッコ悪いけど、栞に言わないと。ちゃんと、伝えなきゃいけない。

 栞がハンカチを濡らして、俺の頬に当ててくれた。冷やりとした感触が痛みを鎮めてくれる。
「涼、大丈夫?」
「……大丈、夫」
「起きたいの?」
「……うん」
 ちゃんと栞と向き合いたい。きちんと話したいんだ。その時、栞の髪が頬に当たった。
「よいしょ」
 え、ええ?! いや、それはいくらなんでも無理だよ。栞は俺の両脇に腕を入れて、起こそうとしてくれた。
「意外と重いんだね……」
「そ、そりゃ、男だし。大丈夫だよ、自分で起きるから。ありがとう」
 普通に会話してるけどさ、久しぶりにこんなに近くて痛みもだいぶ吹っ飛んだよ。起き上がるのを手伝ってくれる栞の気持ちが嬉しかった。
 壁に寄りかかって床に座る。栞も俺の傍に座った。

 何から、言おう。彼女の膝に置いた小さな手を見つめながら、口を開く。

「栞……ごめん」
「……」
「ずっと、ごめん」
「……うん」
「いやな思いさせて」
「……」
「俺、ガキだから。桜井にずっと嫉妬してた。栞があいつと付き合ってたって知って、球技大会で仲良くしてるの見てから、ずっとイライラしてた」
「……」
「俺が……栞の事、初めてほんとに好きになった女の子だって言ったの、覚えてる?」
「うん」
 もう、正直に言おう。
「今まで自分の彼女が前に誰と付き合ってようが、誰と仲良くしようが、どうでも良くて、何も感じなかった」
「……」
「けど、栞があいつの名前言うだけで、辛くてたまんなくてイライラして、これがヤキモチなんだって高野に言われて、初めて知ったんだよ。情けないけど」
「涼」
「自分でもどうしていいかわかんなくて、八つ当たりして……ごめん。栞はちゃんと謝ってくれたのに、俺、心狭いよな」
「……」
「栞は俺の事、何も言わないでいてくれたのに」
 元カノのことも。今まで俺がしてきたことも。
「それに、俺仲直りとかしたことないんだ。駄目なら駄目でしょうがないって。機嫌悪くされたらすぐ謝って、それでも駄目なら桜井の言うとおり、面倒になって今まではすぐ別れてた」
「……」
「けど、栞だけは、栞とだけはいやだったから。絶対に離れたくなかったから」

 顔を上げて栞の顔を見た。
「……好きだから」
「うん」
「栞のこと、一度も嫌いになんてなってないから」
「……うん」
 返事をした栞が、抱きついてきた。
「いでーっ!!」
「あ、ごめん! 痛かった?」
 正直ものすごく痛い。けど、咄嗟に離れようとした栞の腕を掴んで自分の胸に抱き寄せた。
「だ、大丈夫だから。傍にいて」
「……うん」
「呆れた?」
「ううん」
「俺の事……嫌いになった?」
「絶対にそんなことないよ」
「許して欲しい」
「うん」
「……ありがとう」
 やっと言えた。やっと栞に伝えることができた。

「あたしも、心配させてごめんなさい」
 栞の声が俺の腕の中で優しく響く。
「桜井くんに、はっきり断るつもりでここに来たの。どんなことがあっても涼が好きだからって」
「……」
「でも涼の気持ち考えたら、こうして一人で来たりしちゃ駄目だよね。もし涼が来てくれなかったら、って思うとちょっと怖くなったし」
 桜井が栞に無理やり何かするとも思えないけど、でも確かにそんな保障はどこにもない。
「涼は断ってたんでしょ? 女の子に呼び出されても」
「……何で知ってるの?」
「いろんな人から聞いたの。呼び出されても涼は絶対に行かないって。手紙もプレゼントも、他の人から渡されてもその場で全部返してたって」
 実は栞の言った通り、呼び出しにも初めから応じなかったし、手紙はもちろんプレゼントも一切受け取らなかった。余計な心配させたくないから敢えて栞には言わなかったんだけど。

「なのに、ごめんね。涼に相談すれば良かったのに、もう嫌われたかもしれないって思ったら怖くて言えなかったの」
「……栞」
「あたしも、涼から逃げてたから。涼ばっかり責められてたけど、それは違うと思う。話が出来なくなってから、どうしていいかわからなくて、でも自分から涼に近付こうともしなかったし……」
 それは、俺がそんな風にしてしまったんだから、しょうがない。
「それにね、誤解させるような言い方したり、桜井くんに対する行動も、自分じゃ気付かないうちに涼を傷つけてることもあるって、愛美達に叱られたの」
「え」
「涼がこうやって怒るのも仕方ないって。そういうつもりは無かったけど、桜井くんのこと庇うような言い方も、絶対駄目って、誰が一番大事なのって怒られたんだ」
 その言葉に俺は驚いて言った。
「栞は全然悪くないよ。全部俺が悪いんだから」
「ううん、あたしも悪いの」
「悪くないよ」
「悪いの……!」
 思わず、二人でくすっと笑ってしまった。本当に、俺一人が悪いんだよ。なのにそんな風に思っててくれたのか。栞を抱き締める腕に力が入る。

 他の教室にも廊下にも、もう誰もいないのか辺りは益々しんとして、お互いの鼓動まで聞こえてしまいそうなくらいだった。

「涼、さっき言ったこと、ほんと?」
 栞が俺の胸に顔を埋めて言った。
「え?」
「桜井くんに、言った事」
 どれのことだろう。
「……誰にも、やんないって」
 栞の声に、胸がずきんとした。何だよ、この声。すごく可愛い。栞ってこんな声してたっけ?
「……ほんとだよ」
 俺の言葉に栞が顔を上げた。栞の瞳に、俺が映ってる。彼女の香りで一杯になっていく。胸が痛くなって、栞を好きだと思う気持ちが、後から後から溢れ出して止まらない。……もう、抑えきれない。
「誰にも渡すつもりないから、傍にいて」


 目を伏せてゆっくり近付き、栞にそっと……キスした。




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