元彼……あいつが。
あいつと付き合ってたのかよ。だから栞にあんなに馴れ馴れしかったのか?
俺は桜井を凝視した。
見れば見るほど、ほんと上手いじゃんかよ。しかも爽やかだなこいつ。ちょっと童顔だけど、まあまあかっこいい。上手いくせに、みんなに気い使って盛り上げてるし。相沢と全然違うタイプだな。
その時、栞が上げたボールで桜井がスパイクを打ち、決まった。
「よっしゃ!」
「桜井くん、やった!」
大きな歓声の中、二人は笑顔でパンと片手を合わせた。もちろん二人だけじゃなくてそのすぐ後、チーム皆で順番に手を合わせていったんだけど。
「……」
けど、たったそれだけの事なのに俺、また頭が痛くなってきた。妙に落ち込んでる。落ち込むだけじゃなくてすごくイライラする。
結局その後も、桜井の活躍でそのチームが勝ち、何と優勝した。最後、チームみんなで抱き合ってるよ、おい。
俺……変だ。
さっきのイライラが全然治まらない。いつまで経ってもこの変な気持ちが何処かへ行ってくれない。
試合が終わり、観客もまばらになって栞がこちらへ向かってきた。あ、声かけよう。お疲れ様って言ってあげよう。
「し、」
「鈴鹿!」
「あ、桜井くん?」
栞は桜井の呼びかけに答えて振り返る。
「上手くなったじゃん」
「そうかな。でもサポートいっぱいしてくれたもんね」
「まーな。お前相変わらず、トス下手だし」
「ひどい。でもそのお陰で決まったんでしょ」
二人は笑って話を続ける。
……何だよ。何なんだよ。
何お前とか言ってんだよ。
何楽しそうに話してんだよ。俺がここにいるのに気がつかないのかよ。
栞もなんだよ。俺の事好きって言ったのアレ何なんだよ。
ふと、栞が振り向き、俺と目が合った。あ! と言う顔をしてこちらへ向かって来る。駄目だ。今は、俺……。
「涼! 見てくれた?」
「あ、うん」
目が合わせられない。体操着から出ている彼女の右腕を何となく見ていた。
「優勝しちゃった! すごい?」
「……おめでと」
「さっきね、あたしも応援行ったんだよ。涼かっこ良かったね!」
「でも負けたし」
「あー……それは、しょうがないけど、でも頑張ってたもんね」
「……」
「あたしも全然自分は活躍できなかったけど、他のみんながすごく上手だったから、得しちゃった」
そこでようやく栞の顔を見る。無邪気な笑顔が胸に痛かった。
「……あいつがいたから?」
何……言おうとしてるんだよ、俺は。
「え?」
「あいつ、今しゃべってた奴」
「あ、桜井くん?」
目の前でそいつの名前を口にされて、無性に腹が立った。
「そう、桜井って……元彼なんだろ?」
「え……」
一瞬だけ栞の表情に動揺が浮かぶ。やばい。俺、何だよこれ。もう何も言うな。涼、黙れ、黙っとけ!
「涼、あの」
「良かったじゃん、一緒に優勝できて。楽しそうだったし」
こんなこと言いたいんじゃない。
「俺もう行くから。じゃ」
彼女から目を逸らして、その場を離れた。後ろから栞の声が聞こえたけど、聞こえない振りをして走った。
だから、何なんだよこれは……! どうしてこんなにイライラするんだ。栞におめでとうって笑って言いたかったのに。この後だってずっと一緒にいるはずだったのに。全然違う自分がいるみたいに、思ってもない事ばかり言ってしまった。
胸の中になんか嫌な感じのものが入り込んで、ちっとも出て行かないで留まっている。
兄貴の時も、相沢の時も、あれは俺が一人で勘違いして空回りしてただけだって思えるのに。なのに今度は今まで全く知らなかった何かに囚われたまま、どこにも動けない自分がいた。
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