最近何となくだけど、栞の様子がおかしいような気がしていた。
昼休みも前より友達と一緒にいることが増えたし、授業中も何かの本を熱心に読んでいることがあって、俺の方は全然振り向いてもくれなかった。
それはまあいいんだけど、帰りも急いでるからと言って、先に帰ってしまうことも度々あった。
今日はようやく一緒に帰れる。土手沿いを歩くと、川からの風が冷たかった。
「涼のお兄さんって、」
「え」
「彼女とかいるの?」
栞の言葉に心臓が嫌な音を立て始めた。何で急に突然そんなこと聞くんだよ。
「や、今は知らないけど」
「そうなんだ」
できればあいつに興味を持って欲しくはない俺は、少しだけムキになってたと思う。
「あいつ、すっげー女遊びしてるから……!」
足元の石を蹴りながら、大きくなった俺の声に栞が驚いて振り返った。
「え、そうなの?」
「そう。しょっちゅう彼女取り替えてたし」
「……」
「昔っから彼女いても告られまくってたし」
「……」
「彼女と別れても仲いいし」
すると、黙って聞いていた栞が言った。
「それ、涼だよ」
「え?!」
「今言った事全部」
「……!」
あ……そう言えばそう、かも。ってやばい、怒ってる?
「や、あの、それにあいつは、普通に二股とかしてたし、俺は絶対してないけど」
「ふうん」
別に怒ってる風でもなく、普通に栞は頷いていた。
それにしても何で兄貴のことなんか聞くんだろ。まさか……俺の知らない所で、知り合ってたとか? いや、それは有り得ないし、そんなことあったら栞が言うはずだし。それこそ俺の妄想だよ、妄想。
俺も栞もバイトは無かったから、どこかに寄ろうと誘ったけど断られてしまった。……やっぱり、何か変だ。
家に帰ると珍しくこんな時間に兄貴がいた。
「涼じゃん、お帰り」
「何でいるんだよ」
「自分の家なんだからいるに来まってんだろ」
リビングのソファに座ってDVDを見てる兄貴に……聞いてみた。
「あのさ、兄貴って今彼女いんの?」
「え? 何だよ急に」
「いや、別に」
兄弟で気持ち悪いな、もういいや。俺の言葉に暫く黙っていた兄貴が、画面を見ながら口を開いた。
「最近好きになった子ならいる」
「最近?」
「……そう。年下だけど」
兄貴はローテーブルに乗っていたコーヒーを口にする。
「……年下って、いくつだよ」
「ん? 涼と同じ」
同じ? ……嫌な予感がした。
「俺と同じなんて、いつ何処で知り合ったんだよ」
「お前はかーちゃんか。お前には別に関係ない……ことも無いか」
兄貴は、少しだけ笑みを浮かべた。この表情、ろくでもない事考えてる時の顔だ……!
「……」
俺は黙り込んで兄貴を凝視した。
「何だよ。知りたいの?」
「……」
「知らない方がいいと思うよ?」
「何で」
「……さあ、何ででしょう」
兄貴はDVDの画面に顔を向けたまま、またコーヒーを口にした。
やばい、もしかして、いやもしかしなくても……まさか栞のことなんじゃ……。
自分の部屋に駆け込み、鞄をベッドに投げる。
嘘だろ? 俺の妄想だよな? でもさっきの口ぶりは、絶対怪しい。いつだよ。いつの間に知り合ったんだよ……!
まさか、栞も? さっき兄貴に彼女がいるかって聞いたのも、もしかして。いやまさか、大体そんなこと俺に聞くわけないじゃん。けど、栞の様子も最近おかしかったし……。
慌ててケータイをポケットから取り出し、栞に掛ける。
「え……」
話し中だ。まさか……! リビングに戻ると、兄貴がケータイで話をしている。俺が来た途端、兄貴は声を小さくして話しながら立ち上がり、その場を去ろうとした。
……何だよそれ。
「誰と話してんだよ!」
思わず兄貴の腕を掴んで、ケータイを取り上げた。
「もしもし?! 栞?! 何で兄貴、と」
『……涼? どうしたの? お兄ちゃん出してよ。今日の夕飯のおかず買ってきてもらうんだから』
「へ?」
「ほら貸せよ」
呆然としている俺の手からケータイを取り上げ、兄貴が言った。
「うん。車出すからいいよ。何、鳥のから揚げ? あとは?」
「……」
兄貴はケータイを閉じて、こっちを見て言った。
「お前、お袋相手に何やってんだよ」
頭にかーっと血が上った。うわあああ、これはやばい、恥ずかしすぎる。
「あ、わ、悪かったよ」
「さっきの年下ってのは嘘。これが俺の同い年の彼女。二年前から付き合ってんだよ」
兄貴がケータイの画像を俺に向けた。兄貴と二人で仲良く並んでいる女の子が写っている。
「お前がこんな嘘に引っかかって、そんなに焦るとはね」
兄貴がケータイを閉じてにやっと笑って言った。
「栞ちゃんって言うんだ、ふーん」
……俺、ほんと馬鹿みたいじゃんかよ。思わずへなへなとその場にしゃがみこんで頭を抱えた。
「お前、ふざけんなよ……」
俺の言葉に、頭の上から兄貴が言った。
「俺がかわいい弟の彼女に、手出すと思った?」
「思うに決まってんだろ」
一番敵に回したくない相手だからな。
「いやだねー、俺はもう真面目にやってんだから心配すんなよ」
「……」
「今度俺の彼女に会わせてやるよ」
兄貴はそう言うと、またDVDを見始めた。
その後、栞に電話をすると、当たり前だけど普通に出てくれた。もちろん帰りの話は兄貴の事を話題に出しただけで、知り合いでも何でもなかった。
ああ心底安心した。よく考えてみりゃわかるだろっつーの。ほんと馬鹿みたいだ俺。
相沢の事といい、兄貴の事といい、何こんなに焦ってんだろ。一人で空回りしてるのはわかってる。けど、けどさ……栞が急に俺から離れているような気がして、不安でしょうがないんだ。
何で最近一緒にいる時間が減っているのか、いくら考えてもわからない。俺、嫌われるような事したっけ? しつこかったのかな。それともこの前のデートの時、なんか嫌だったのかな。相沢の隣の席で、またあいつの事好きになったってわけでも無さそうだし。やっぱり俺の思い過ごしなのか? だったらいい。だけど今の電話だって……忙しいからとすぐに切られてしまった。
ケータイを握り締めながら、初めて感じる不安を胸に抱いて、制服のままベッドに突っ伏した。
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