楽しかった夢のようなデートから、数日が経った。
また一緒に出かけたい。授業中いろんな事を思い出しては、にやけそうになるのを我慢し窓の外を見る。振り向けば隣には栞がいるし。ほんと幸せだ。
と、永遠に続くと思われた幸せが、一気に打ち砕かれた。
おいおいおいおい! 一体何なんだよ、これは!
今日、一人心の中で全力で拒否していた席替えが行なわれた。で、今こういう事になっている。俺は廊下側の席の前から三番目。そして俺の前には相沢、その横に……栞。
俺は斜め後方を、ぎっと睨みながら振り返る。
またお前の仕業か! 俺と目が合った原は、肩をビクッとさせて首をぶんぶん横に振った。じゃあ、やっぱし……お前か! さらにその向こうに座っている高野を睨みつける。しかし高野も片手を顔の前で左右に振って、自分じゃないと必死に目で訴えていた。
じゃなに、ナチュラルにこんなんなったの? もう、マジで勘弁してくれよおお! ……でもまあ、二人が隣同士で俺だけ離れた席ってのも、それはそれでかなり嫌だからな。まだいいか。そうだ、ポジティブにいこう、ポジティブに。
斜め前の栞を見て俺がため息を吐いた時、彼女が消しゴムを落とした。しかも相沢の方に。急いで椅子から立ち上がって、何とかその消しゴムをゲットする。
「はい」
「え? あ、涼? ありがとう」
間に合ったか。よし。ホッと一息吐いて椅子に座ろうとした時だった。
「あ……」
こつんと相沢が定規を落とした。定規て! お前そんなもん使うな! 慌てて拾ってやる。
「ほら」
「あ、ああどうも」
ったく、落とすんじゃねえよ。気い抜けないな。椅子に座る前に、ちらりと相沢のノートを見た。す、すげ……。何だこれ。遠目なのに、文字が教科書みたいにきちんと揃ってた。もっとよく見てみたいなアレ。俺もちょっと真似したらもっと頭良くなるかな。
と、座って油断してた時だった。また相沢の野郎が今度はシャーペンを落として転がした。しかも栞の足下! うおお! 駄目だ駄目だ、俺が拾う! よーしゲットしたぞ。ん? せ、狭っ!
「りょ、涼、ちょっと……」
顔を上げると栞の太腿が目の前にあった。や、やべ……。勢いで栞の机の下に頭を入れていた。何やってんだ俺は。栞はスカートを抑えて足を寄せている。
「ご、ごめん……」
だーっ! 恥ずかしい! って栞の方が恥ずかしいか。ほんとゴメン。しゃがんだまま振り向いて顔を上げると、相沢が口に手を当てて笑うのを必死で堪えていた。く、くそ、お前まさかわざとやってんじゃねーだろうな?!
「ほら! 落とすなよ!」
「あ、ああ。悪い悪い……」
肩を揺らしてくっくっと笑ってる。相沢ってこんなに笑う奴だったっけ?
「席、替わってやろうか?」
突然相沢が後ろを振り向いた。
「え、い、いいよ」
「いちいち拾うの大変だろ?」
相沢が笑顔で言った。何だよ、普段笑ってない奴が笑うと、何かその、いいじゃん。しかし、負けたと思われたくない。
「……ちょっかい出すなよ?」
俺がぼそっと言うと、突然相沢は前を向き何かを書き始め、その紙を俺に渡した。
「これ」
「?」
『鈴鹿さんは、もう俺なんか眼中ないよ。俺も鈴鹿さんは嫌いじゃないけど、元々恋愛感情ないし。俺、今彼女とラブラブだし』
ラ、ラブラブって……! お前そんな単語使う奴だったのかよ、意外だな。
「……もっと、自信持っていいんじゃないの」
相沢は俺にそう一言いって、また黒板の方を向いた。
「……」
お前に言われるとは思わなかったぜ。
休み時間になり、高野が来た。
「涼、お前さ」
「何だよ、またお前らの仕業じゃないんだろうな!」
俺が睨みつけると、高野の傍に原も来た。
「今回それは絶対ないって! それよりさ」
……わかってるよ、みっともない真似やめろって言うんだろ。
「お前、おもしろいからもっとやれ」
「さっきのスライディング、ナイスすぎ!」
二人が大笑いした。お、お前らはああ!
「俺は真剣なんだよ!」
「だよな、じゃなかったらできねーって」
「真剣って……!」
また二人がゲラゲラ笑った。
「いやあ、うちの吉田が迷惑かけてすまないね、相沢くん」
高野の言葉に相沢が振り返って言った。
「ほんと、どうにかしてくんない?」
「俺が何か言ってどうにかなるんなら、とっくに直ってるって」
「だろうな」
何故か二人で笑っている。何だよ、いつの間に仲良くなってんだお前らは。
「涼」
大好きな栞の声が届いた。
「売店行かない?」
「うん行く」
俺即答。当たり前だよ、断るわけないじゃん。
「ごめんね? いい?」
栞は高野に言った。いいから、こいつには全っ然気使わなくていいから。
「ど、どうぞどうぞ! 行ってらっしゃい」
高野、何でいつも栞にデレ顔なんだ、お前は。
栞は俺の前をさっさと歩き、廊下へ出た。
「何買うの?」
俺が声をかけると、栞は振り向いて言った。
「なにも」
「え?」
「何も買わないよ」
「え……でも」
「二人になってお礼が言いたかっただけ。さっき、ありがとう」
「う、うん」
「でもあの、ちょっと恥ずかしかったから、机の中は来ないでね?」
「あれはごめん! ほんとに」
謝る俺に栞がくすっと笑った。
「もう相沢くんのことは、何とも思ってないから」
「……」
「あたしには……涼がいるし」
栞が俺と交換したネクタイを触って言った。栞にしては珍しい言い方が、言葉には出せなかったけどすごく嬉しかった。相沢が言った様に、自信持っていいんだよな?
昇降口の自販機へ行き、俺はコーヒー、栞は紅茶を買って飲んだ。
「あったまるね」
栞が紅茶を手で包み込むようにして握って言った。
でもやっぱりさ、この笑顔は俺にだけ向けてて欲しいよ。二人で出掛けた時みたいに。
他の男にはそんな顔見せて欲しくない、なんて……栞の事知れば知るほど、どんどん我侭になっていくみたいで、いつもは美味しく感じる熱いコーヒーが、今日は口に入れる度に苦く胸に沁みていった。
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