シーバスを降り、山下公園に入る。
「氷川丸、5時までだったね」
「また今度来た時、見よう」
山下公園に停泊している氷川丸は、中が見学できるようになっていた。大きな船はライトアップされ、山下公園の象徴的存在だ。
この時間になると、公園内はさすがにカップルが多い。ベンチもあちこちあるし、海を眺めながらくっついている二人もたくさんいた。
「あたしたちも、恋人同士が歩いてるように見えるのかな」
「え……見えると思うよ」
な、何を急に言い出すんだ、栞は。
「絶対恋人に見える条件て何だろうね」
「うーん。手を繋いでるとか?」
俺達みたいに。
「ああいうのとか?」
栞が前を行く二人を小さく指差した。男が女の肩を抱いて、女は男の腰に手を回している。
「……ああ、まあ完璧そうだね」
思わず自分たちに当てはめて、急に恥ずかしくなる。でも、いいな。今日肩くらい抱けないだろうか。キスもまだ未遂だし。
「じゃあ、あれは?」
栞が別の方を見た。え……あ、あれは、ちょっと……うわ、すげー、って栞ちゃん! 栞はまだじっとそっちを見ていた。
「あんまし、見ないの」
繋いでいた手を離し、彼女の後ろから手を回して目を塞ぐ。
「……はい。ごめんなさい」
う、何その受け答え。可愛い。ん? そうだ、この手をこのまま肩に下ろせば、さっきのカップルみたいに自然に肩が抱ける……! 俺は栞の目を塞いでいた手を、そっと肩に下ろした。
「きゃっ!」
え、何なになに!! 俺? 思わず肩から手を離す。
「なんか踏んで、ちょっと滑っちゃった……」
栞の足元を見ると何かがたくさん転がっていた。暗くて良く見えない。
「何だろう、これ」
「?」
良く見ると、大量のどんぐりだった。おーまーえーはあああ! どんぐりの分際で俺の邪魔しやがって! 池じゃなくて全部海に投げてはまらせてやるぞ。さあ大変どころじゃねーからな!
「これどんぐりの樹なのかな」
栞が上を見上げる。
「いっぱい落ちてきたら痛いよね。……いこ!」
栞が俺の左腕にしがみついてきた。う、腕組んでる……! そのまま小走りで青になった信号を渡り、中華街へと向かった。
中華街へ入ると、人も多く賑やかで、あちこちからいい匂いが漂っている。
「俺、豚まん食いたいな」
「あたしも食べたいけど、一個は無理かな。さっき甘いのいっぱい食べちゃったし。涼、あたしのも半分食べてくれる?」
「食べる!」
この辺りで売られている豚まんは結構大きい。値段も高いんだけどやっぱり美味しい。俺は一個じゃ足りないからちょうど良かった。二個買って、比較的人通りの少ない路地に入る。
「じゃあ、はい」
栞がホカホカの肉まんを半分にして俺に差し出した。何だ? やけに顔に近すぎる気がする。
「え」
「……あ、ごめん。はい」
栞が急に目を逸らして、今度は低い位置に差し出した。
あ……もしかして、わあああ! 馬鹿、馬鹿、俺の馬鹿!! これは、あーんだ! 食べさせてくれようとしてたんだよ、ああ、どうしよう!
「ごめん! あの……もう一回いい?」
「え、もういいよ」
「お願い」
何お願いしてんだ、俺は。けど、まさか栞がそんな事するなんて思わなかったんだ。
「……はい」
栞が恥ずかしそうにまた豚まんを俺の口元に持ってきた。
「……ありがと」
でもやっぱ、大きいなこれ。一口じゃ絶対無理だし。この後何口分もやってくれるんだろうか。さっきの様子からして、もうやってはくれなさそうだ。なるべく大きい口開けるか。
肉まんのいい匂いが鼻先をくすぐり、そのままぱくっと口に入れた。
「!」
栞の肩がびくっと揺れた。え……これ。栞の指も少しだけ口に入ってしまった。やばいちょっとだけ舐めちゃったよ。ど、どうしよう。
「ご、ごめん」
「ううん」
嫌われた? いや、わざとじゃないし、これはアクシデントって奴だから大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。
「美味しい?」
「うん」
「涼、幸せそうだね」
「う、うん」
そりゃ……そうだよ。栞は俺の顔を見て笑っていた。美味しいし、食べさせてもらったし、栞は可愛いし、うん……ほんと幸せだ。今まさに、さっき栞が言っていた、絶対恋人同士に見える瞬間なんじゃないかな。
結局そのあと、栞の半分手にしていた肉まんを一口だけ俺が食べさせてあげた。やっぱりお互い恥ずかしかったけど、でも楽しかった。
中華街を抜けて、駅に向かう。
ずっとこうしていたいけど、遅くなるのも家族が心配するだろうし、ちゃんと帰してあげたいから、早めに電車に乗って栞を送った。
栞と別れてから、すぐにメールをする。
冬の夜道は寒くて寂しい筈なのに、メールの返事と今日の彼女の顔を思い出すと幸せで、暖かくて、家までの道のりがあっという間に感じた。
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