片恋〜続編〜

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8 傘




 今日は朝から雨だった。
 5時限目の休み時間になっても、窓の外の雨は休むことなく降り続いている。冬の雨ってほんと冷たいよな。寒くて冷たくて苦手だ。

 いつもの俺ならそうなんだけど、今日はそれが何故か嬉しい。やっとリベンジできるからな。
 栞と出逢った日、傘を貸そうとしたけど、貸せなかった。だから今日は……貸すわけじゃないんだけどさ。一緒に傘に入って帰れたらいいなって、ちょっとだけ期待してる。

「……涼」
「……」
「涼!」
「えっ」
「何にやにやしてんだよ、気持ち悪いな」
 振り向くと高野が立っていた。
「あ、ああ何」
「テストどうだったかって聞いてんだよ」
「今回はマジで良かった」
 片思いを脱出して、勉強にも集中できたんだ。相沢の奴は抜かせなかったけど。
「へえ。……お前さ、また栞ちゃんのこと考えてたろ?」
 高野はにやにやして、俺の隣の栞の席に座った。今は休み時間で彼女は友達の所にいる。
「……勝手に栞ちゃんとか呼ぶなよ」
 俺の言葉に高野が目を丸くした。
「それ、俺に言ってんの?」
「……」
「お前今までそんなこと言わなかったじゃん。美緒ちゃんとか」
「……そう、だけど」
 そうなんだけど。そうか、そうだよな。どうしたんだ、俺。
「お前、意外に心が狭い奴だったんだな」
 俺が? 心が狭い? その言葉に黙り込むと、笑いながら高野が言った。
「悪かったって。涼は、栞ちゃんが大事なんだもんな〜? あ、鈴鹿さんね。悪い悪い」
 蹴ってやろうか、こいつは。俺が睨むと、高野はわざと栞の椅子の背にしがみついた。
「羨ましい?」
「……別に」
「座りたい?」
「お前そのアホ面、鏡で見てこいよ」
 ほんとは座りたいけどさ。っつーか、早くどけ! あー何かイライラする。
「殺されそうだから、逃げよーっと」
 そう言って高野は席を立ち、教室から出て行った。多分自分の彼女のクラスに行ったんだろうけど。

 やっと待っていた放課後になり、鞄に教科書を入れ、栞の方を向くと彼女が言った。
「涼ごめんね。今日一緒に帰れないんだ」
「え……」
「今日、絵梨休みでしょ? 代理で球技大会の実行委員会に出ることになったの」
「じゃ、待ってるよ」
「でも涼、バイトでしょ?」
「いいよ、ちょっとくらい遅れても」
 だって今日は一緒に帰りたいんだ、どうしても。すると栞が眉をひそめた。
「嬉しいけど……そういうの駄目だよ」
「え?」
「何時に終わるかわからないし、バイトっていっても迷惑かかるでしょ? ちゃんと行かなきゃ」
 その言葉に、急に自分が恥ずかしくなって顔がかっとなった。
「そ、そうだよな。俺、先帰る」
 慌てて鞄を持って、立ち上がった。
「ごめんね? 明日一緒に帰ろ?」
 栞が俺の背中に声を掛ける。振り向いて彼女の顔をチラッと見て、普通を装い口を開く。
「あ、うん。じゃあ」
「バイバイ」

 栞の言う通りだ。俺、いつからこんな奴になったんだ? 笑って手を振ってはくれたけど、がっかりされた気がする。すげー恥ずかしい。

 下駄箱で靴を履き替え、昇降口から外に出て、溜息を吐きながら傘を広げた。
「涼」
 振り向くと原がいた。
「あれ、鈴鹿さんは?」
「代理で実行委員会出てる」
「そっか。じゃ、帰ろうぜ」
 雨の中を、とぼとぼ歩く。そう、とぼとぼ、だ。全然元気が出ない。傘を叩く雨のパタパタと言う音が耳に響いていた。そういえば原も別クラスに彼女がいたっけ。聞いてみようか。

「お前さ、彼女何組だっけ?」
「え、隣の6組だけど」
 原が、傘の向こうから顔を出した。
「どんくらい付き合ってんの?」
「えーと、もう半年くらいだったかな」
「ふうん」
「どうしたんだよ、急に」
「……あのさ、なんか寂しくなることとか、ない?」
「え?」
「……」
 やっぱ変か。こんなこと言ったら馬鹿にされそうだ。
「……なるよ」
 原の呟きに、勢いよく振り向く。
「やっぱなる?!」
「そりゃ、隣とはいえクラスも違うしさ、何してるんだろって思ったらなるよ」
 半年でもそれか。あちこちに出来た水溜りを避けながら前に進む。

「涼なんか同じクラスじゃん。まだ付き合ったばっかしなのに、何かあんの?」
「……さっき一緒に帰れないって言われただけで、すっごい変なんだよ」
「変?」
「高野が栞ちゃんって呼んだだけで、おかしいし。高野にも心が狭いって言われた」
 原は黙って聞いている。何言ってるかわかんないか。自分でもよくわかんないし。
「文化祭の時もさ、栞が他の奴らと話してるの見て、その時も変だったんだよ俺」
「あ、あーあーそういうことか」
 原が笑った。
「何だよ」
「いや、涼もそういうことあんのか」
「だから何が」
「お前さ、ほんとに鈴鹿さんのこと好きなんだな」
「……」
「安心したよ。それでいいんだからさ、気にすることないって」
 原は足元の石を蹴飛ばした。
「好きなら当たり前なんだよ。それが普通」
「そう、なのかな」
「あとでメールすりゃいいじゃん。今日寂しかったってさ」
「そ、そんなこと言ったら、引かれるだろ」
「言わないと、溜まるって。そうしたら喧嘩になるし」
「栞と喧嘩なんかしない」
「好きならするよ。そのうち」
「好きだからしない」
 俺の言葉に、原が吹き出した。
「涼っておもしろいよな」
 何がおもしろんだかわからないけど、原は妙に納得していた。

 その日の夜、珍しく栞の方からメールが来た。

  バイトお疲れさま。今日の帰り、
  ごめんね。
  涼が待っててくれるって言った時、
  すごく嬉しかったし、ほんとは一緒
  に帰りたかった。
  あんな言い方して、素直じゃなくて
  ごめんね。
  明日は絶対一緒に帰ろうね。

 なんかさ、もう泣きそうなんだけど。がっかりされてなかったんだ。速攻俺も返信した。

  メールありがとう。委員会お疲れ。
  俺も困らせるような事言ってごめん。
  明日は一緒に帰ろう。

 その後何回かラリーして、日曜日に会う約束を交わし、やっと気持ちが落ち着いた。

 眠る前、ふと原が言った言葉を思い出す。
 言わないと溜まる? 何がだよ。好きなら少しくらい我慢するのは当然だ。余計な事言って嫌われたくないし、喧嘩もしたくない。振られたく……ないし。その為ならそんな事くらい、何でもない。

 その夜見たのは、あの頃の夢だった。栞を好きになって、毎日嬉しくてでも苦しくて、届かない思いに潰されそうになって……。栞の名前を呼ぶのに、ちっとも気付いてくれない。振り向いてくれない。いくら好きになっても上手く伝えられない。


 夜中に胸が痛くて目が覚めて、夢だって気付いてこんなにホッとしたのは……子どもの時以来だった。





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