約束の日曜日の午後、地下鉄に乗り、馬車道の駅で待ち合わせをした。
あーどうしよう。実は私服で会うの初めてなんだよな。何度も深呼吸してしまう。ちょっと早く来過ぎたか? 人の多い改札や、周りを見渡しても栞らしき人はいない。
ケータイを取り出し、着信がないか確認しようとした時、ちょうど鳴った。栞だ。
「もしもし、栞? 着いた?」
『うん。ね、涼の後ろに誰かいるよ』
「え?!」
振り向くと、栞がいて笑ってる。
「びっくりした?」
「した……!」
なんだよもう、可愛いなあ。思わず俺も笑う。
「お待たせ。ごめんね?」
「う……ううん」
ケータイを閉じて、目の前に立つ栞は……どうしよう、可愛い。すっごい可愛い。いつもとちょっと違って少しだけ大人っぽい。
「涼、すごくカッコイイね!」
「え……」
見上げる栞は、照れたように笑って言ってくれた。浴衣がかっこいいってあの時も言ってくれたっけ。今度は俺も聞こえるようにはっきり言おう。
「あ、ありがと。栞も可愛いよ、ほんとに」
「え、」
「浴衣も可愛いって、あの時言ったんだけど……覚えてる?」
「あれ、ほんとに言ってくれてたんだ。……勘違いだって思ってた」
栞が口元に手を当て嬉しそうに俯いた。その手をそっと取る。
「いこ」
「うん」
階段を上がり外へ出て、海に向かって歩く。冷たい風に潮の香りが混ざった。この辺りの建物は、重厚な昔の面影を残したものが多い。通りを歩きながら、栞を振り向く。
「寒くない?」
「全然」
栞は元気に答えた。すごく嬉しそうに笑ってる。誘って良かった。
十二月の街はクリスマスの飾りで、あちこち彩られていた。
「どこ行くの?」
栞が顔を覗きこんできたから、その顔が可愛くて笑って言った。
「赤レンガ、行かない?」
「うん」
「今綺麗だと思うんだ」
「あたしも涼と一緒に行きたかったの。嬉しい」
栞が繋いだ手をぶんぶんと振った。おー、栞にしては珍しくテンション高いな。思わず俺まで気分が上がる。
歩いていると広場が目の前に広がり、奥に赤レンガ倉庫が見えた。その向こうは海だ。大きなフェリーがゆっくり動いている。
「ここ、いいよね。あたし大好きなんだ」
「俺も」
赤レンガ倉庫は、古い赤レンガの造りはそのままで中は綺麗に改装され、イベントのスペースになっていたり、買い物ができたり、レストランやカフェもある。雰囲気が良くて、大好きな場所だった。栞と一緒に来たかったんだ。
クリスマス前だからか、イベントスペースとして小さな出店のようなものがたくさん出ていた。
「あ、かわいい」
栞が顔を向けたほうを見ると、花屋もあった。
「見てもいい?」
「いいよ」
たくさんの花がいくつかのブリキのバケツに入っていた。栞はその中の一つを熱心に眺めていた。バケツには片手に入る程の小さな花束がたくさん入っている。
「欲しいの?」
「え、ううん。可愛いから見てるだけ」
栞はにこにこして、花を眺めていた。
「ありがと、いこ」
俺の隣に来て歩き出す栞の顔を見つめた。
「ここさ、もうすぐスケートリンクになるの、知ってる?」
最近は毎年の恒例になっているようで、十二月の中旬頃にはリンクができるらしい。広いスペースは工事中だった。
「来たいな」
「クリスマス、来ようか」
「……うん!」
ひとつ、約束できた。そんな事がすごく嬉しくて、繋いだ手を少しだけ自分に引き寄せる。
赤レンガ倉庫の中に入り、予約しておいたカフェに行く。ここ、栞と絶対一緒に来たかったんだ。俺も初めてなんだけどさ。
「わ……すごい素敵」
驚いている栞を促してコートと靴を脱いで一緒に座った。座るっていっても椅子じゃないんだ。ちょっと照れくさいけど、自分ちみたいに二人並んで足を伸ばして座れる。
「楽だー」
「うん。楽ちんだね」
栞は足先を横にぶらぶらさせて言った。なんか……普通にテーブル席に座るよりずっと近くて、いい。天井が高くて開放的だった。割と大き目の音楽が、話をする二人を近づけさせる。
お互いに飲み物と甘いものを頼んだ。
「あ、これ……」
「なに?」
「あげる」
小さな真四角の紙袋を彼女に渡す。
「え? だってこれ涼のでしょ?」
「開けて」
俺の言葉に不思議そうな顔をして、栞は袋を開けた。
「あ……」
「気に入った?」
「いつ? え、いつ買ったの?」
「内緒」
俺が笑うと、栞は俯いて言った
「……ありがとう、涼。すごく嬉しい、ほんとに」
袋の中身は、さっき栞が見ていた小さな花束だ。倉庫に入ってすぐ、トイレに行く振りして買っておいたんだ。一応隠しつつ持ってたんだけど、気が付いた栞に何買ったのってさっき言われて、自分のものって嘘ついたからな。
「一ヶ月記念だね」
栞が花束を取り出し、嬉しそうに笑って言った。
「一年記念はもっと大きいの買ってあげる」
「え……」
「……」
ちょっと、恥ずかしいな。一年後も絶対一緒にいるつもりだから言ったんだけど。
「……うん」
栞も恥ずかしそうに頷いた。可愛いな、栞。こうしていつも二人だけだったら、俺も余計なこと考えなくて済むのに。
一年後だって、何年後だって……こうして一緒にいたい。
横に座る栞の手にそっと触れて、今度は指を絡めて握った。握り返してくれる栞の気持ちはきっと同じなんだって、願いに近い思いが届くように、強く握り締めた。
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