片恋〜続編〜

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7 ネクタイ (2)




「あれ? 涼、ネクタイ……」
 教室に戻ろうと栞と廊下を歩いていると、美緒と出くわし、一発目で言われたのがこれだった。

「まさか、それ鈴鹿さんの?!」
 美緒は口をパクパクさせて近付いて来た。やばいなこれは。
「……そう、だけど」
 俺は気まずそうに答える。
「す、すごい鈴鹿さん。あの、聞いてもいい?」
 美緒は俺ではなく栞の方を向いて、真剣な目をして言った。
「涼に何て言ったの? ネクタイ交換しようって言ったの?」
「え……」
「だって、涼がネクタイ交換するなんて奇跡だよ! 有名だったんだから涼のネクタイ拒否は。お願い何て言ったのか教えて! すっごく知りたい!」
「え、あの」
「俺が言ったんだよ」
 一瞬の間があり美緒が変な声を出した。
「へ?」
「俺が交換してくれって……頼んだの」
 美緒はまた口をパクパクさせた後、叫んだ。
「う、嘘お!」
「……嘘じゃねーよ」
 悪いかよ。交換したかったんだよ、俺が。俺が頼み込んだんだよ。着けさせてくれって言ったのも俺だよ。あー恥ずかしい。
「涼、熱でもあるんじゃないの?!」
 美緒はそう言って俺の額に手を当ててきた。
「ねーよ、そんなもん」
 美緒の手首を掴んで剥がす。

「すごい……鈴鹿さんって」
 栞が不思議そうな顔をして、美緒を見つめた。
「本当に涼に愛されてるんだねえ」
 美緒はやけに感心して、栞に向き直った。栞は顔を真っ赤にして何も言えずにいる。
「も、もういいだろ。彼氏に怒られるぞ」
「ああ、うん。じゃ、鈴鹿さんごめんね。あれこれ聞いちゃって」
「ううん」
「お幸せにー!」
 美緒は栞に手を振って、そのまま自分の教室に入っていった。

「あの、ごめん」
「え? 何で?」
「いやな気しなかった?」
「どうして?」
「いや、その一応元カノだし……」
「全然」
 全然かよ。そういえば文化祭の時も元カノがいても何ともなかったしな。
「嬉しかったよ。だって初めてなんでしょ? ネクタイ」
「うん」
 栞はほんとに嬉しそうに、自分に着けられているネクタイを摘んで眺めていた。と思ったら急に俺に向かって手を伸ばしてきた。
「な、何?」
「え……ちょっと」
 俺の額に手をあてた。
「? 何かついてる?」
「別に……」
 何だ? どうしたんだろ。
「?」
「何でもないの。いこ?」
 え……突然栞が手を繋いできた。な、な、ななんで? 顔がまた赤くなってきた。嬉しい、嬉しすぎるけど、どうしたんだよ、急に。
 けど、あれ? なんか違和感がある。いつも俺の左側に来る栞が今は右側に来て、俺の右手に自分の左手を合わせていた。なんだろう。それにやけにぎゅっと握っている。……おいおい、俺緊張して手に汗掻いてきてるよ。あーどうしよう、バレそう。嫌われるかな。

 そして次の瞬間飛び上がりそうになってしまった。栞が俺の右腕に、擦り寄ってきた。えええ!! ちょっ、どうしたんだよこれは。し、心臓が! いだだだ、久しぶりに頭が痛い! 何なの、この積極性! 思わず立ち止まって固まって動けなくなった。や、やばいって。これはマジで……やばいよ。
 深く息を吸ってゆっくり栞を振り向くと、何故か彼女は俯いていた。
「……どうしたの?」
「ううん。何でもない、ごめん」
 栞の声に胸がずきんと痛んだ。え、どうしたんだよ。何かあったのか?
「俺、なんかしちゃった?」
「ううん、ほんと何でもないの」
「?」
「じゃ、皆とお弁当食べてくるね!」
 顔を上げた彼女は、もういつもの笑顔で、そのまま走って行ってしまった。

 ……それにしても不思議だ。
 今まで付き合った彼女に、学校でこんな風にされたらいきなり嫌気が差して、急に冷たくなってたんだけど。栞にされたら嫌などころか、幸せすぎる。好きな子にされたらこんなに嬉しいのか? 今までの俺は一体何だったんだ、ほんとに。

 廊下を一人でにやにやしながら歩いて、はっとして顔を押さえる。落ち着け、嬉しいのはわかるけど、完全に変な奴に思われる。
 立ち止まり、天井を見上げて深呼吸した。そうだ、落ち着け。絶対今の俺は危ない。今度は壁に片手をつけて、俯いて心臓を押さえる。よし、何か大分いいぞ。
「何してんだよ、お前は」
「うわ!」
 後ろから言われて振り向くと、高野と原がいた。
「何、具合悪いの?」
 原も声を掛けてきた。
「え、や、全然」
 悪くねーよ。寧ろ良すぎる。
「あぶねーなー、また鈴鹿さんか?」
「!」
「涼、お前ほんと顔に出るよな。そんな奴だったっけ?」
 あーあ、結局バレてまた笑われた。ま、事情を知ってるこいつらだから、いいけどさ。

 教室に入ると、栞はもう友達と弁当を食べていた。……ほんとは、毎日でも昼一緒にしたいんだけど、栞も友達ともいたいだろうしさ、我慢してる。
 我慢、か。栞はどうなんだろう。俺は席に着いて交換してくれたネクタイを摘んだ。これも俺が言わなければ、こうしてここにはないわけで。
「……」
 俺ばっかりが好き、っていうんじゃないよな? たった今だって一緒にいてくれたのに、栞が俺の傍から離れた途端、急に不安になる時がある。
 メールをするのも、電話をするのも、一緒に帰ろうって誘うのも、圧倒的に俺の方が多かった。しつこいかもしれないなんて、心配してしまうくらいだ。本当はいつもいつも栞と一緒にいたいんだ。けど、栞は俺と同じ気持ちにはなってくれないのかって、情けないけどふと聞きたくなってしまう時がある。

 両思いになったからって、不安が消えるわけじゃないんだな。
 美緒が言った、いつも追いかけてたって、こういうことだ。栞に追いかけられることなんて、多分一生ないんだろうけど……。
 そう思ったら、また変な気分になってきた。そうだ、文化祭の時と同じだ。栞の隣にいられるだけで幸せなんだろ? だから追いかけて欲しいなんて思ったりしちゃ、駄目なんだよ。

 窓の外を見ると、もう校庭の桜の樹の葉は全て落ち、冬を迎える準備を終えていた。




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