片恋

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6 青空の下で(2)




 自販機の前で迷っていた俺に、鈴鹿さんが声を掛けて来た。
「あの、いい? 先に」
「え、あ……ごめん、どうぞ」
「ありがとう」
 彼女は他の女の子達と違って何も言わない。俺の事なんかどうでもいいか。そうだよな。彼女の頭の中はあいつの事で一杯なんだ。

「さっき、ごめんね。汚しちゃって」
「へ? ああ、全然気にしてないよ。忘れてたし」
 彼女が手にした小さいペットボトルの紅茶を真似して買ってみた。蓋を開け、口に付けるとほんのり甘い。

 チャイムが鳴った。予鈴だ。でも何故か彼女もそこにいる。ゆっくり紅茶を飲んでいた。
「行かないの? 教室」
 俺が不思議に思い尋ねると、逆に聞き返された。
「吉田くんは?」
「え」
「だって、まだ飲んでるから」
 正直さぼりたかった。皆の視線が鬱陶しかったし。
「あのさ、屋上行かない?」
 ちょっと聞いてみた。
「え?」
「きっと今日気持ちいいよ。天気いいし。飛行機雲見れるかも」
「飛行機雲好きなの?」
「うん」
「行ってみよう、かな」

 聞き間違いじゃないよな?
 意外だった。ちょっと真面目そうだったし、俺みたいのについてくるとも思えなかったから。よし、何かわかんないけど、嬉しいぞ!
「先生来ないうちに行こう」
「うん」
 ペットボトルに蓋をし、二人で駆け出し、階段を駆け上がった。四階までは結構きつい。けど、何だか楽しかった。

 二人で扉に手をつけ、一緒に重たいドアを開く。
 視界が開けた。目が痛くなるくらいの、眩しくて青い空が二人の目の前一杯に広がる。
 しばらく空を見上げていた彼女が、口を開いた。
「吉田くん」
「何?」
「あたしね、一度やってみたかったんだけど、いいかな」
「?」
「えいっ !」
 彼女は急に寝転がって、両手両足を大の字に広げた。ちょっ、パンツ見えるぞそれ!

「あははっ! 最っ高!」
 楽しそうに笑う彼女に、パンツの事は吹っ飛んだ。
 何だよ、すごい……可愛いじゃんか。
「俺も、いい?」
「どうぞー」
「よっ!」
 彼女の隣で同じ様に両手両足を広げてみる。目の前には吸い込まれそうな青い空が広がっていた。すごい。さっきまでのイライラが馬鹿みたいだった。

 しばらくお互い何も言わずに空を眺めていた。雲ひとつない空だ。俺、女の子とこんな風に何にも話さないでいるなんて初めてだよ。ただ空眺めてさ、何なんだこれ。すごい不思議だ。こんな自分がいるなんて。

「嫌な事、忘れられるね」
「え……」
「……あたし、振られちゃったんだ」
「……」
 知ってる。現場にいたしな。
「……あの時」
 彼女はそう言ったきり、黙ってしまった。何となく今度は自分の番のような気がして、呟いた。
「俺も、彼女と別れたんだ、さっき」
「……」
「俺が振っちゃったんだけど。でもやっぱり気分は良くなかったよ」
 彼女は黙って聞いている。
「今こうしてるだけで、俺も嫌な気分忘れられそうだ」
「うん」

 空が、高い。校庭から体育をしているのか、ピーッという笛の音と掛け声が聞こえた。

「あたし、さぼったの初めて」
「えっ! マジで?」
「うん。すごいドキドキするね」
「ごめん、誘って」
「全然! 感謝してるよ、ありがと」
「……」

 俺は、何というか……彼女から目が離せなくなっていた。
「あ、見て!」
 突然彼女は手をあげ、指差した。
「ほんとに来た! 飛行機雲」
「あ……」
「綺麗だね。すごい」
「うん」

 俺は飛行機雲より、彼女を見つめていたかった。
 彼女の隣は妙に居心地良くて、このままずっと一緒にこうして空を眺めていたいって……思ってしまったんだ。




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