一体何が起きたのか、俺の頭が理解するまで、随分時間がかかったような気がする。
そしてその時の俺の顔はもう、思い出したくもない。真っ赤になり、涙が零れそうだったから、制服の袖で慌てて目をごしごし擦って……嬉しくてしょうがないのに、情けない事に声も出せなかった。
これが学校一のモテ男かよ。
でも俺、彼女の前では、ただの男なんだ。一人の女の子に恋してる、ただの男なんだよ。
そしてまた情けない事に、彼女に伸ばした手が震えていた。でもどうしても、触れたかった。震える手で彼女を壊れ物を扱うようにそっと抱き締める。
「……どうして、パンをあげたのが俺だってわかったの?」
「ここでもらった焼きそばパン食べながら、吉田くんが走っていく所見ちゃったの」
「え、じゃ、ずっと?」
「ごめんね。でもあたしもあんな所見られちゃって、恥ずかしくて言えなかっんだ」
俺が見てしまった事、ずっと知ってたのか……。
「屋上に初めて一緒に行った時、その事聞いて確かめようかとも思ったんだけど、話が流れちゃったし、吉田くんが知らない振りしててくれたのが嬉しかったから」
彼女の髪の香りが、今までで一番強く自分の中に入ってきた。
「俺も、栞ちゃんの事、ずっと好きだったんだ」
彼女が顔を上げる。今日は目を逸らさない。彼女の目を見て絶対に言うんだ。
「俺、初めて……女の子に恋したんだ。本気で好きになったんだ。栞ちゃんのこと。信じてもらえないかもしれないけど」
「……」
「栞ちゃんに逢うまで、全然知らなかった気持ちだったんだ。俺、栞ちゃんの事好きになって、ずっと片思いだと思ってた。ノートに好きだって書いたのも、この前彼女になればって言ったのも、冗談じゃなくて全部、全部本気だったんだ。……上手く伝えられなくて、ごめん」
腕の中の彼女が、微笑んで俺を見つめる。
「だから……今も信じられない。すごい、嬉しい」
「ありがとう」
「あの、もう一回、聞いてもいい?」
本当に信じられなくて、もしかしたら夢の中の出来事だったのかもしれないと、何度も聞いてしまいそうだった。
「うん」
「ほんとに? その、ほんとに俺の事……」
俺の腕の中にいる彼女は、恥ずかしそうに俯いて答えてくれた。
「……好き、だよ」
「ありがとう。ごめん、手が震えて……情けないな、俺」
「ううん」
「俺も栞ちゃんが、好きなんだ。本当に本当に、好きなんだ。好きで好きでしょうがなかった。ずっと言いたかった。大好きなんだ……!」
胸が一杯で苦しい。上手く伝えたいのに、ちっともかっこよくない。ただ好きだってそればっかり繰り返すしかできないよ。
呆れられたかもしれない。けど、好きだって言いたい。何度でも。何百回でも。何万回でも。
嬉しくて……泣いちゃいそうだ、俺。
「うん……私も、大好き。栞でいいよ、涼」
「!」
俺の名前、呼んでる。呼び捨てで。……大好きって、言ってくれた。
やばいやばい……どうしよう、どうしよう。学校の裏庭なのに、どうしてもキスしたくなった。駄目かな。ちょっとくらいならいいかな。ああ、でもちょっとで済むかな。
不思議だ。彼女相手だと、どうしてここまで駄目になれるのか……。
何迷ってんだ、たかがキスだろうが。いいや、俺にとっては彼女とのキスは死ぬほど大事なものなんだ。だからだから、ああーもう! 何なんだこの漫画みたいな頭の上の天使と悪魔は!
とか何とか考えてるうちに、気がつけば目の前に、さっき屋上に来た三人が俺たちを見下ろしていた。
「いっ! な、何だよおまえら」
慌てふためく俺に、三人は口々に言った。
「……ふうん、そういう事だったんだ」
「最近付き合い悪いと思ったら」
「はいはい、後は仲良くね」
皆は呆れたように笑って、栞ちゃんに目を向けた。
「鈴鹿さんなら、きっと涼とうまくいくよ」
「え……」
「うん。あたしもそう思う」
「涼、鈴鹿さんのこと大事にしなきゃ駄目だからね。今度こそ」
三人は俺の顔を見た。
「ああ、大丈夫だよ。絶対絶対大丈夫!」
そうだ。そんな心配全然ない。初めてだよこんな事。絶対大事にする。ずっとずっと彼女が俺の傍にいてくれるように。
「そうだ。あたしたちが作ったお弁当でお祝いすれば?」
「そうだよ。どうせ涼のために作ってきたんだからさ」
「まだ屋上にそのままあるから、二人で行っといで!」
お前ら……いい奴じゃんかよ、ほんとに。
「いいのかよ?」
「美緒に頼まれたんだ。涼が最近元気がないから励ましてあげてって。美緒は彼氏いるから無理だし」
「好きな子の事で悩んでたんだって〜? 何であたしたちに相談しないわけ?」
「そうだよ。鈴鹿さんの事だってわかってたら、何とかしてあげたのに」
い、言えるかそんなこと! そうか、美緒、気使ってくれたんだな。
「鈴鹿さんも食べて」
「うん。ありがとう」
栞ちゃんも嬉しそうに笑った。彼女と目を合わせ、一緒に二人で立ち上がる。
「ありがとな! じゃ、行こう……えっと」
「?」
栞ちゃんが、ん? って顔をした。俺の大好きな表情だ。言うぞ。言ってもいいんだよな?
「……栞」
少し恥ずかしくて、目を逸らして彼女に手を差し出した。
「うん、涼」
俺の手を取った彼女と一緒に、その場から駆け出す。
「ちょっと涼の顔……見た?」
「あんなに真っ赤になっちゃって。ちょっと引くわ」
「でもまあ、あそこまでやられると、逆に気持ちいいよね」
「ほんと」
後ろで何か言っていた気がするけど、もう前しか見えなかった。校舎に入り、彼女は靴を履き替え、あの時と同じ様に階段を一緒に駆け上がる。
まだ信じられない。屋上の扉を開けたら、全部夢だった……なんて夢オチだけは勘弁してくれよ? 確かめるように、横にいる彼女の顔を覗き込む。
優しく俺を見つめる瞳に確信を持って、二人で扉を一気に開けた。
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