片恋

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31 下りてきた視線





 好きな、人?

 え、今……なんて言った? 栞ちゃん、好きな人できたって言ってなかったか? 
 マジかよ、マジかよ、マジかよ……。相沢じゃないのかよ。何処の誰なんだよそいつ。それとも、あいつに気を使ってそう言ったのかな。そうだと言ってくれ。でなきゃ俺……。

 もう、顔を上げていられなくて俯いた。やばい。涙が出そうだ。
 頭の上から、枯葉が舞い落ちてくる。俯いた視線の先にも、赤や黄色の葉が落ちていた。
 あの時と同じ様に樹の陰で膝を抱える。今度は自分を思いっきり抱き締めてやった。じゃないともう……やりきれない。

 俺何やってんだ、こんな所で。必死に走って、汗だらだらで、縮こまって。学校一モテるとかなんとか言われて、でも本当に好きな子からは思われない。どんなに好きになっても通じない。上手く伝わらない。伝えられない。追いかけても追いかけても……駄目だ。

 こんなに、好きなのに。

 涙を堪えて歯を食いしばる。

 突然、栞ちゃんの足音が近付いて来た。
「……あの」
 彼女が樹の向こうから声をかける。
「焼きそばパンの人、ですよね?」
「……!」
 マジかよ。何でいるのわかったんだ。ど、どうしよう。頼むから来ないでくれ!! 今涙目なんだよ。絶対見られたくない。俺だってバレたくない。これ以上情けない姿、見せたくない……!

「見ないから、手を出して下さい」
「?」
「これ、あげます」
 恐る恐る、樹の向こうに手を伸ばす。
「……私が作ったお菓子なんです。受け取ってください」
 手の上に、綺麗に包まれたお菓子が乗っていた。
「絶対に今日渡そうと思って」
「……?」
「あの時、すごく嬉しかった。元気になれたのも、あなたのお陰です」
「……」
「さっき言った事、本当なんです。好きな人できたから、もう大丈夫」

 ……本当なのか。本当だったのかよ。
 お菓子を貰った手を引っ込める。
 誰なんだよそれ。全然知らなかった。あんなに彼女を見てたのに。あんなに傍にいたのに。少しでも彼女に近付いたと思ったのは、俺の勘違いだったんだ。やっぱり、友達以上にはなれなかった。

「その人、すごく優しくて、照れ屋で可愛いんです」

 な、何でそんな事俺に教えるんだよ! やめてくれ。聞きたくない……聞きたくない! 俺はお菓子を貰った手で耳を塞ぎ、目を瞑った。でもそんな事したって、聞こえない筈がない。

「それにかっこよくて、すごくモテるから……」

 どこの誰なんだよ、そいつ!! 俺の学年か? 先輩か? それとも年下か? バイト先の奴か?! 相沢よりもかっこいいのか? いい奴なのか? 頭もいいのか?
 俺は必死にいろんな男の顔を思い浮かべた。

「だからまた、振られちゃうかも」
 寂しそうな彼女の声が耳に届いた。


「好きなの。吉田くんの事が」

 え。

「顔見て言っちゃ……駄目?」

 え? え? 今……なんて言った?

 足音がすぐ傍まで近付いた。
 俯いていた視線の先に、彼女の靴が見えた。俺は、慌ててたから上履きのままだ。
 ゆっくり顔を上げる。と同時に、彼女の視線も静かに下りてきた。

 彼女は俺の目の前で、膝を着いた。
 茫然として涙を浮かべる俺と、微笑む彼女の視線が重なる。


「この前言ってくれたこと、冗談じゃなかったら……私のこと、彼女にしてくれる?」




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