「……痛く、ない?」
「うん」
やっぱり目は合わせられない。今彼女の顔を見たら、俺どうなるかわかんないからな。
包帯を巻き終わり棚へ片付けると、彼女が椅子に座ったままお礼を言った。
「ありがとう」
「いや、お返し。俺も消毒してもらったし」
「上手なんだね」
「そんなことないよ」
実は俺、中学まで空手やってたんだ。もう辞めてるから言わないけど。だから、まあ怪我ばっかしてたし、包帯巻くのも慣れてたからな。
「吉田くんって、何でもできるね」
「え? そ、そう?」
「そうだよ」
彼女は笑って言った。ああ可愛いなあ。彼女の笑顔を見るとこっちまで顔が綻んでくる。
やっぱり好きだよ。片思いだけどさ、この気持ちは止まらないや。
「りょうお〜く〜ん」
気持ちの悪い声が背後から聞こえた。振り向くと、にやにやとこちらを見ている高野が入り口にいた。
「……な、何だよ!」
「何だよはねーだろ、心配して来てやったんだからよ。授業終わったしな。でも、お邪魔だったかな? ん?」
そう言いながら保健室に入ってくる。どこのオヤジだ、お前は。 まさか……やばい、こいつ感づいたか?
「鈴鹿さん、大丈夫?」
高野は俺から栞ちゃんに視線を移す。
「うん平気。歩けるし、そんなに痛くないんだ」
「いやいや、捻ったりすると後からくるもんなんだよ。今日は大事にしないと駄目だよ。なあ涼?」
高野の視線はまた俺に向けられた。
「え、ああ、まあそうだけど」
何だよ。何か企んでるな、その目は。
「もう今日は授業これで終わりだろ。俺チャリだからさ、貸してやるよ。涼、鈴鹿さん駅まで後ろに乗っけてやれよ」
「え……」
ええええええ!! え、ええ!
動揺する俺の前で、栞ちゃんが言った。
「え、大丈夫だよ。私歩けるし」
「駄目だよ、栞」
振り向くと、栞ちゃんの友達が二人保健室に入ってきた。心配そうな表情を彼女に向ける。
「無理しちゃ駄目だよ。はい荷物」
彼女の着替えと鞄を渡す。
「ありがと、でも」
「そうそう、駅まで結構距離あるんだからさ。涼に送ってもらった方がいいって。彼女に怒られるから、俺が送ってあげるのは無理だけど、涼ならいいよな?」
「え、うん」
す、素晴らしい提案じゃないか、高野くん。いや高野様。
「い、いいよほんとに、吉田くんだって怪我してるんだし」
「全っ然大丈夫!!」
あ……またやっちゃったよ俺。高野が横でまたにやりと笑った。
「ね、大丈夫だってさ。じゃそういうことで。涼着替えるんだろ? 教室行こうぜ」
やられた。何かこいつには全て見透かされてしまったような気がする。
保健室を出ようとすると、一人の男が入ってきた。
「さっき、悪かったよ。どう?」
あ、相沢! 大丈夫だから来るなって。栞ちゃんがいるんだから、来るなよ……。
「あ、ああ、もう平気」
俺は必死に動揺を隠しながら答えた。
「そうか」
相沢は俺からゆっくり視線を移し、栞ちゃんを見た。途端俺の胸がずきんと痛む。初めてだ、目の前でこんな……。
「鈴鹿さん……足?」
「うん」
何だよこの声。落ち着いてて、優しいこの声は。栞ちゃんはやっぱりこういうのが好きなのか。一瞬の間に、落ち込む。俺とは……違いすぎる気がする。さっきの試合みたいに、意地張ってムキになってるガキみたいなこの俺とは。
「大丈夫?」
「うん。吉田くんに……送ってもらうから」
相沢に返事をして、椅子に座っていた彼女は俯いた。
途端、俺の顔が赤くなる。そうだ、俺が送るんだからな! お前の出番はないの! 俺が一緒なの! 涼、落ち込んでる暇はないぞ。栞ちゃんの今の言葉、聞いただろ?
「上手くやれよ」
高野がこそっと言ってきた。
「なっ……!」
その言葉が聞こえたのか、俺がうろたえたからか、相沢がちらりとこっちを見た。相沢と目が合う。え……? 笑った。にやっと笑った。な、何だよそれ! 栞ちゃんは友達と話してて今のやり取りには気づいていない。
高野がまたこそこそと俺に話しかける。もういいっつーのお前は。
「俺駅に行くからさ、そこで自転車受け取るよ。それまでごゆっくり」
ぽんと俺の肩を叩いた。
「……」
こ、この野郎は……。もう絶対にばれた。
皆で保健室を出て、教室に戻る。
俺も教室で着替えて鞄を持った。ここから一刻も早く出たい。早く彼女がいる保健室に行きたい。
他の誰でもない、俺を待っていてくれるんだ。
そう思うだけでどうしようもなく嬉しくて、胸の鼓動がずっと、ずっと……高鳴りっぱなしだった。
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