カルボナーラとフレンチトースト
(6)倒れたケーキ
ポットのお湯はもう少なかったから、ヤカンにお水を入れてお湯を沸かす。
元気、出そう。
失敗しちゃったけど、彰一さんは怒ってないし、嫌われてもいないよね? 落ち込んだりしたら、もっと彰一さんに気を使わせちゃう。いい女はそんなんじゃ駄目。
食器棚を開ける。今日の為に買った新しいカップとソーサーが二組。そんなに高いのじゃないけど、お揃いなんだ。
手にした時、ヤカンのお湯が沸き、ぴーと鳴った。
「あ、」
振り向いた瞬間ヤカンに目が行って、持っていたカップを一組落として割ってしまった。その大きな音と私の悲鳴に驚いて、彰一さんがキッチンに駆け込んで来る。
「大丈夫?!」
「へ、平気」
「動いちゃ駄目だよ。破片が飛んでる。掃除機どこ?」
「掃除機、クローゼッ、」
「わかった」
「あ! 駄目!」
って言ったけど遅かった。
「あった、あった」
彼はコンセントに掃除機のコードを差して、ささっと破片を全部吸い込んでくれた。
「大丈夫? 怪我してない?」
私の手を取り、指を確かめる。
「うん」
彼はキッチンワゴンに置いた、もう一つの割れていないカップに視線を向けた。
「これ、お揃いだったのか……」
「……うん」
「……」
彰一さんは私から手を離し、カップを見つめて暫く黙っていた。
私は一度も使ってあげられなかった割れたカップを、紙にくるんでガムテープで止めて、心の中でごめんねを繰り返した。
いつの間にか掃除機は、彰一さんの手でクローゼットに戻されていたみたい。……見られちゃった、クローゼットの中。絶対に見られたくなかったのにな。
彼が買ってきてくれたケーキの箱を開ける。綺麗な色の苺が乗ったショートケーキがふたつ。真っ白い生クリームが苺の横にポンポンと丸い形を作って乗っている。あとは、つやつやしたベリーのタルトがふたつ。ラズベリーとブルーベリーが、タルト生地から零れ落ちそうな程たっぷり乗っていた。どっちも私が好きって言ったのを、彰一さんはちゃんと覚えててくれたんだ。
部屋を覗くと、彰一さんは何をするわけでもなく、座ったままテーブルの上を見つめていた。
「あの、彰一さんどっちのケーキがいい?」
「……」
「彰一さん?」
「え、ああ、何?」
「あの、ケーキ、」
「どっちでもいいよ」
何となく、素っ気無く感じた。ちょっとだけ、突き放すような言い方。初めてだ。……怒ったの? ど、どうしよう。
手が震えて、お皿に乗せたショートケーキが倒れてしまった。2個とも、上手く行かなかった。それを見てまた哀しくなる。
「お待たせ」
「……うん」
紅茶を淹れたんだけど、好きだったかな。特別なダージリン。でも、彼は美味しいとも不味いとも言ってくれない。さっきから、もう彰一さんと目が合わない。
「ケーキ、美味しいね」
私が声を掛けると、彰一さんは頷いた。……それだけ。
美味しいのは嘘じゃないのに、味がよくわからない。目の前のお揃いじゃないカップと、倒れたケーキが私みたい。かっこ悪い。いい女どころか、普通の女の子が出来ることさえ、上手に出来ない。
ケーキを食べ終わると、彰一さんが言った。
「あのさ……そろそろ」
その言葉に、胸がドキッとして、肩に緊張が走る。そ、そろそろ? え……もう? やっぱり怒ってはいないのかな。
ど、どうしよう、心と身体の準備が。だって、だってまだ9時過ぎだよ? シャ、シャワーかな。それとも、
「俺、そろそろ帰るわ」
「……え」
彰一さんは私から目を逸らしたまま言った。
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