カルボナーラとフレンチトースト
(5)冷たいカルボナーラ
何、これ。
カルボナーラどころか、パスタなんてものじゃない。麺は固いし、周りのクリームもボロボロだし、味も……ものすごいってわけじゃないけど、しょっぱい。
「しょ、彰一さん!」
彼のフォークを持っていない方の腕を掴んだ。
「ん?」
「待って、食べないで!」
「何で?」
「だって、だってこれ……」
「どうしたの?」
彼は普通にもぐもぐと食べている。嘘。何で? だって本当に美味しくないよ。彰一さんもしかして、味オンチ? ……そんなわけないよね。
「すごく、まずいでしょ?」
「……まずくないよ」
「嘘! だってすごく、すごく」
どうしよう、泣きそう。駄目だよ、泣いちゃ。せっかくの楽しい時間が。
「まずいの?」
「う、ん」
「じゃあ、ちょっと来て」
彰一さんは自分の口を親指で拭った後、急に立ち上がった。
「優菜ちゃん、少し手伝ってくれる?」
「え? はい」
二人でキッチンに入り、私は指示されるがまま、さっきのお鍋に水道から出るお湯を張ってガスに火をつけた。あ、こうすれば早く沸騰するんだ。
「まだ麺残ってるんでしょ? 出してくれる?」
「うん」
「冷蔵庫開けるよ」
彼は中を覗いてトマトとベーコンを取り出した。
「これでいっか」
まな板をさっと洗い、慣れた手つきで包丁を使って切り始めた。
「油ある? オリーブオイルがあれば嬉しいけど」
「あ、ある」
彰一さんは、刻んだトマトとベーコンを炒めて、茹で上がった麺を絡めてあっという間にパスタを作ってくれた。これ、何ていうんだろう。でも美味しそう。
「どうぞ」
部屋に戻り、彼が私の目の前に今作ったパスタの乗ったお皿を差し出した。
「あ、あの、私だけ?」
「うん、そうだよ。いいから食べて」
「……いただきます」
一口食べたら、本当に美味しかった。
「おいしい」
「良かった」
彼は嬉しそうに私の顔を見つめて言った。
「あの、彰一さんのは?」
「俺は優菜ちゃんの作ってくれたのがあるから」
そう言ってまた彰一さんは私が作った出来損ないの、もう冷たくなったぼそぼそのカルボナーラをフォークに巻いて食べ始めた。
「ねえ、彰一さん、これ食べて」
私は必死になって、作ってもらったパスタのお皿を彰一さんの前に押し出す。
「いいの、俺はこれがいいの」
「でも」
「俺はこっちの方が美味しいんだから。優菜ちゃんも食べよ」
「……」
もう一度暖め直したスープも飲んだけど、こっちは味が薄くてやっぱり美味しくない。唯一、サラダは美味しかった。ドレッシングは量が少なかったからちゃんと作れたみたい。
彰一さんは、しょっぱいカルボナーラも、薄い味のスープも、サラダも全部美味しそうに食べてくれた。
「ごちそうさま。優菜ちゃん、ありがとう」
優しい声に胸が痛くなった。無理してるのがわかって辛い。
「い、いいえ。私も、ごちそうさま。……ごめんなさい」
いたたまれなくなって、お皿を片付けにキッチンに行く。
「優菜ちゃん?」
彰一さんの心配そうな声が後ろから聞こえた。
「あの、お茶入れるね。あったかいの。さっきいただいたケーキ、開けてもいい?」
「うん、もちろん」
「じゃ、待ってて」
彰一さんの顔が見れなくて、お皿を洗いながら、シンクに零れ落ちそうになっている涙を必死で堪えた。
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