カルボナーラとフレンチトースト

(4)おいしい予感



 パスタを茹でている間、冷蔵庫から卵黄と生クリームとチーズを混ぜて作っておいたカルボナーラソース、それからこの後焼くベーコンを取り出した。

 フライパンを温めて、ベーコンを切って……。う、上手く切れないなあ。結構包丁にくっついちゃうし。フライパンにオリーブオイルを入れて、包丁から剥がしたベーコンを炒めた。ジュージュー言っていい匂いがしてくる。ちょっと私、上手くない?! 実は料理の才能あるのかな。黒胡椒を振りながら、ウキウキした気分で鼻歌を歌う。
 その時、茹で時間を知らせるキッチンタイマーが鳴った。もう4分? どうしよう、ベーコンこのままでいいかな。迷っているうちに多分、5分経ってしまった。
 お鍋のガスを止める。湯切りザルがついているお鍋だから、それを引っ張り出してその場でお湯を切っていると、何だか焦げ臭い。
「あーっ!」
 ベーコンから煙が出てる。片手でフライパンの火を止めると、私の声に驚いた彰一さんが、キッチンに顔を出した。
「どうしたの?」
「大丈夫、何でもない!」
 お願い見ないでー! 慌ててフライパンを隠すようにガス台に背中を向けて、彰一さんに笑顔で言った。
「手伝おうか?」
「ぜ、全然平気だから、遊んでて」
「そう?」
 私に言われた通り、彼はすぐに部屋へ引っ込んだ。彰一さんて、こういうとこいいんだよね。しつこくないというか、からかったりもしないし、あんまり突っ込んで来たりもしない。大人なのかな、やっぱり。

 一先ず麺の入ったザルをシンクに置いて、慌ててベーコンに駆け寄ると、真っ黒ってわけじゃなかった。良かった。焦げ目がついてて香ばしい……で通じるかな。これくらいならいいよね。
 この後、どうするんだっけ? あれ、レシピ本がない。え、え? どこ置いた? 何で見つからないの?! あちこち探すけど、どこにも見当たらない。本当に額から汗が出てきた。

 優菜、落ち着いて。昨日さんざん読んだんだし、思い出してみよう。目の前の少し焦げたベーコンたちを見つめる。
「……」
 ……無理。全然思い出せない。急に頭の中にテレビで何回か見たことある、シェフがパスタを作っている映像が浮かび上がった。確かフライパンの中でソースと茹でた麺を絡めてた。そうだ、テレビで見るたび大体そんな風だったと思う。
 よし、わかった。フライパンのベーコンの中に、さっき冷蔵庫から取り出したカルボナーラのソース、これを入れて、と。
 ガスの火を点ける。ソースが少しずつ、ぐつぐつ言ってきた。ここに麺を絡めよう。ザルから麺を入れようとしたけど、いつの間にか固くなってて上手くフライパンに落ちてくれない。
「あ、あれ?」
 菜箸で麺を移動させ、やっとフライパンに落とす。ジュージュー言ってる中で麺をほぐして絡めてみた。うん、いい感じに絡まってきた。卵黄って生だし、ちゃんと火を通した方がいいんだよね?
 しっかり火を入れた後、パスタをお皿に盛った。
「……」
 ちょっと、本で見たのと違うみたい。お店で食べるのとは……かなり違う。いり卵みたいのが麺にいっぱいくっついてる。ううん、味よ味。見た目はアレだけど味よ。作ったソースを味見した時、美味しかったんだから大丈夫。

 野菜のスープを温めて、サラダを冷蔵庫から出した。あ! レシピ本。嘘、こんなとこにあった。さっきベーコン出した時、ちょっと置こうと思って慌てて冷蔵庫に入れたんだ。意味わかんない……。
 でももういいや。出来たから必要ないもんね。

 ローテーブルにお皿やコップを並べるのを、彰一さんが手伝ってくれた。
 彼はベッドを背にして、私はその斜め前に座って、ローテーブルの上の料理に手を合わせる。彼は興味深そうに、私が作った料理を見つめて言った。
「いただきます」
「どうぞ」

 彰一さんは湯気の出ているカルボナーラを、フォークにくるりと巻いて口に入れた。じっと彼の表情を伺う。
「ど、どうかな」
「うん。美味しいよ」
「あ、良かった」
 何の躊躇いもなく笑って言ってくれた彰一さんの言葉に、心の底から安心して、自分もひとくちパスタを口に入れた。


 え……。

 これ、カルボナーラじゃない。


-Powered by HTML DWARF-