思い切って窓際に置いてみたらどうだろう。それで空いた場所に一組テーブル席を置いて……。
「うーん。やっぱりなんか違う」
「何やってんだよ。さっきからガタガタガタガタうるせーな」
 職人さんが事務所からやってきた。
「おはようございます。お客さんが来る前に模様替えしようかと思って」
「はあ? お前しょっちゅうやってんじゃん」
「それは雑貨のディスプレイです。そうじゃなくてテーブルと椅子の配置とか、職人さんが作った家具コーナーのテーブルを窓際に置いちゃうとか、そこに少し雑貨を並べて外から見えるようにしようかなとか……。ずっと考えてたんですけど、なんだか訳わかんなくなってきちゃって」
「めんどくせ。何でわざわざ変えるんだよ」
 職人さんは作業用ズボンのポケットからペンとメモを取り出した。
「素敵なインテリアショップとか雑貨店に行くと、場所によっては二週間に一回くらいディスプレイ変えちゃうんですよ。行く度に変化があってすごく新鮮なんです」
「落ち着かないけどな、俺はそういうの」
「しょっちゅうだったら落ち着きませんけど、ここの配置は私が入った時からずっと変わってないし、そろそろどうかなって」
 興味無さげな職人さんは返事もせずに、自分の作った家具の在庫を確認していた。
「あのー職人さん」
「俺今めちゃくちゃ忙しいからやだ。空気読めない奴は嫌いなの、知ってるよな?」
「ちょっとだけ動かすの手伝ってもらえませんか?」
「お前、人の話聞いてた?」
「このテーブルをあっちに移したいんです。外から見えればこのテーブルも宣伝になりますし。あ、これに雑貨載せても大丈夫ですよね?」
 返事の代わりに舌打ちした職人さんは、渋々私と一緒にテーブルを持ち上げてくれた。何だかんだ言って優しいよね。

 椅子カフェ堂は入口のドア横に、外の通りに面した床まである大きな窓が三つ、東側についている。南側は普通サイズの窓が二つ。
 入口に一番近い東向きの窓の前に、移動させたテーブルを置いて雑貨を載せた。淡い色の小花模様がプリントされた蓋付きのアンティーク缶、木製のうさぎや羊の小さな置き物、赤い線の入った琺瑯のマグカップ、高さのあるブリキのピッチャーに花を飾ってそれぞれ並べた。それに伴い、お客さんのテーブル席の配置も変えてみた。一度外に出て、通りから窓際のディスプレイを確認する。中に入って今度は全体を見回す。
 違うお店にいるみたい、と言ったら大げさかな。でも。
 知らなかった歌の続きを、流れてきたラジオで偶然聴いた時のように、違う顔を現した椅子カフェ堂は前よりもずっといい感じ。
「よし、まずは成功かな」
 やらないで悩むよりも、まず行動してみる。ここへ来てから、その方が早く成功に繋がるということを知った。失敗から学んで次に進むことも。くよくよしてても、そんなことはお構いなしに明日はすぐにやってくることも。

 職人さんがディスプレイ用に作ってくれた棚の雑貨がスカスカになってしまった。事務所から在庫を持って来なければ。でも季節的に何がいいんだろう。
「すげー顔だな。眉間に皺が寄りまくってるぞ」
 ボールペンのお尻で額を小突かれた。
「真剣に考えてるんです」
「もうすぐ客が来るんだから笑え」
「うーん……」
「聞いてんのかよ」
 職人さんは私に手を伸ばしたかと思うと、むにっと両頬を引っ張った。
「い、いひゃい」
 顔を上げると、私を見下ろす職人さんと目が合った。
「学級文庫って言え」
「へ?」
「早く言え」
 く、口が閉じれない。
「早く言えよ、おらおら」
 顔を左右に振られた時、店長が厨房から姿を現した。
「何してんの?」
「へ、へんひょう〜!!」
 こんな顔見られたくないよ〜!
「あーあー涙目になってんじゃん。放してやれよ良晴」
 言い終わる前に職人さんが手を放した。ほっぺがびりびりする。いつか倍返しにしてやるんだから。
「永志はくるみに甘すぎるんだよ」
「なんで?」
「今俺クソ忙しいのに、くるみにこき使われてたんだからな」
 店長はぶつぶつ言っている職人さんの言葉を無視して、私の両頬に両手をあてた。
「真っ赤じゃん。痛かったろ?」
 そんな優しく撫でられたら、違う意味で余計赤くなるからやめてください……。
「雰囲気変わったな。いいじゃん、これ」
 私から離れた店長が、窓際に置いたディスプレイを指差した。
「意識改革しようと思って」
「意識改革?」
「はい。いつ来ても変わらないお店、というのは味の良さだけに絞って、店内の細かい所は常に新鮮味を出そうかと思ったんです」
「なるほどね」
「今までお花をアレンジしたり、雑貨のディスプレイは変えてたんですけど、もっと大胆にしてみてもいいかなって。少し考え方を変えようと思って」
「いいんじゃない? 店内のことはくるみちゃんに任せてるんだから、遠慮しないでどんどんやってみていいよ」
「ありがとうございます」

 臨時休業のあと、私はカフェ特集が載った雑誌を部屋の本棚からかき集め、必要になりそうなバックナンバーも取り寄せて自分なりに調査した。書店へ行き、最近出たばかりの可愛いお店を特集した数冊の本も購入した。
 そして自分なりに出した結論は……。
 意外と大々的に宣伝をしていないお店が多いということだった。飲食店専門の紹介サーチの登録をしていたお店は僅かで、むしろ隠れ家的だったり、こっそりホームページを持っているだけだったりする。でも確かに、そういう知られていないお店の情報が欲しくて本を購入するんだもんね。
 結局は雑誌の担当の人が、街を歩いて偶然見つけたお店だったり、人が並んでいて興味を持ったり、ホームページを見て素敵だから実際に行ってみたりとか、食通の人から聞いた噂とか、そういうもので選ぶのかな。だったら今まで通りのことをして、気長に待つしかないってこと? でも椅子カフェ堂にはそんな時間はないんだよ。どうしたらいいんだろう。
 からりんとベルが鳴った。いけない、いけない。職人さんに指摘された眉間の皺がまた出来てる。

「いらっしゃいませ。……あ」
「こんにちは」
 ドアの向こうから現れたのは、雷のひどい大雨の日に来店した女性のお客さんだった。印象深かったからよく覚えてる。
 席に着いた彼女は、私が水とメニューを差し出すと同時に言った。
「今日の日替わりって何かしら?」
「煮込みハンバーグ温野菜添えにサフランライスのワンプレート、コンソメスープが付きます」
「じゃあそれね。あと食後に……あら可愛い」
 メニューを捲った彼女がそれを指差した。
「このプチカップケーキも」
「お好きなフレーバーを二種類お選びいただけますが、どちらがよろしいでしょうか」
「そうね。バニラとモカにしようかな。カプチーノも付けてね」
「かしこまりました」
 また来てくれたということは、あの時にお勧めしたカプチーノとチーズケーキを気に入ってくれたんだよね?
 急いで厨房へ行き、彼女のことを店長に伝えると、彼も嬉しそうに笑ってオーダーを受けた。

 ランチのお客さんたちが食べ終え、レジに列ができる。並んでいた彼女の番が来た。髪をきちっとひとつにまとめ、白いブラウスに秋らしいニットのショールを羽織っている。
「ランチとプチカップケーキセットで1550円になります」
 素敵な刺繍の財布からお金を差し出した彼女は、私に言った。
「この前いただいたチーズケーキ、とても美味しくて友人に勧めたのよ」
「あ、ありがとうございます!」
 嬉しい! 飛び上りそうになるのを何とか抑えた。
「あなたが作ったの?」
「はい。スイーツは私が担当しています」
「そう。私、あなたのファンになりそうだわ」
「え!」
 私の反応にクスッと笑ってお釣りを受け取った彼女は、レジ脇に置いた、椅子カフェ堂のカードに手を伸ばした。そこには椅子カフェ堂の住所と簡単な地図、ホームページのアドレスを記載してある。
「お店の雰囲気、少し変わったのね」
「模様替えをしてみました。気付いて下さって嬉しいです」
「お食事も本格的で、とても美味しかったわ。また来ますね」
「お待ちしております。ありがとうございました!」
 やったやった、やったー!
 こんなふうに直接言ってもらえると、すごーーーーく元気が出るっ!!

 そうだよ。そんな当たり前のこと、どうして気付かなかったんだろう。
 口コミも宣伝もランキングに載ることも、新規のお客さんを増やすのも大事だけど。
 まず目の前にいるお客さんを大切にしなければ何も始まらない。私が今感じた幸せを、お客さんにも感じてもらえるようにしていこう。それがきっと一番の近道になる。
 自分で言った意識改革の本当の意味を、今掴めたような気がした。