創作家さんに10のお題
明日は美味しい
クリスマスイブの夜、オレはうんと注意をして枕元をチェックした。
テストを広げ、しわを伸ばして綺麗に置いておく。国語、算数、両方とも100点だったやつ。
いい子にしかサンタは来ないって、幼稚園の時から何回もいろんな友達や、先生、お父さん、お母さん、そしてお姉ちゃんに言われてたからな。
連絡帳は隠しておこう。今日、同じクラスのワタルと大ゲンカして、先生に書かれたんだ。はあ……これがバレたらダメかもしんない。
それから、どうしても聞きたい事があって自分の部屋をこっそり抜け出した。
トントンとお姉ちゃんの部屋をノックする。
「お姉ちゃん入れて」
「何、どうしたの」
「ちょっと質問」
オレが部屋に入ると、お姉ちゃんは机の電気を点けて何か書いていた。
「何書いてんの?」
「んー? 秘密」
「暗号?」
「そんなもん書くわけないでしょ。日記だよ日記」
「夏休みの?」
「……今、冬休みなんだけど。宿題じゃなくてね、自分でも書くものなの」
お姉ちゃんは、椅子をくるりとこっちへ向けて言った。
「中学生は大変だな」
「小一のクセに生意気言ってないで早く寝なさいよ。サンタ来ないよ?」
「お姉ちゃんだって寝てないじゃん。ねえ、サンタってさ」
「何?」
「日本人?」
そう、どうしても聞いておきたかったんだ。
「え……と、外国の人でしょ? 日本人じゃないと思うけど」
急にお姉ちゃんは違う方向を向いて、髪の毛を指にクルクル巻きつけ始めた。これ、困った時のお姉ちゃんのクセだ。
「何で日本語書けんの? 日本人じゃないのに」
「え!」
「だってさ、見ろよこれ。この前のクリスマスのカード。日本語で書いてるんだよ」
オレは年長の時にサンタがプレゼントと一緒に置いていったカードをお姉ちゃんに見せた。
「あーうん、そう、だよねえ」
「それに何でオレの名前知ってんの?」
「それは、ほら、いつも手紙に書くでしょ? サンタさんにプレゼントこういうの下さいって。その時にまさひろ、自分の名前書いてるじゃん?」
「うん」
「それにサンタさんはいろんな国回るんだから、自分の国だけじゃなくて他の国の言葉も覚えてるんだよ……多分」
「だよな! 今日、ワタルと喧嘩したんだ。あいつ、絶対サンタなんかいない、なんて言うからさ。でもやっぱいるんだ。良かったあ!」
さすがオレのお姉ちゃんだ。中学生は何でもよく知ってる。急に嬉しくなった。
「あ、あんた喧嘩したの?」
「そうだよ。嘘吐くやつにはオレがせいさいをくわえる!」
ガッツポーズをすると、お姉ちゃんが溜息を吐いた。
「だからさあ、そういうことするとサンタは来ないんだって」
「え……あ、やばい。じゃあもう寝る」
「そうしな。じゃね、おやすみ」
「おやすみ」
自分の部屋に戻り、ベッドにもぐる。頭だけ持ち上げて、もう一度確認した。
サンタ用に切られた、オレとおねえちゃんが作ったケーキは、お母さんが綺麗にお皿に乗っけてくれて、今机の上にある。サンタは毎年これを半分くらい食べてくれる。だから朝起きるとサンタが来たんだってことがすぐにわかるんだ。
その夜オレは不思議な夢を見た。
真っ暗なオレの部屋に忍び込んでくる、おっきな人。……サンタだ! 絶対にそうだ。オレは寝たふりをした。心臓がドキドキ言って、思わずごっくんと唾を飲んだ。聞こえたかな? サンタはオレの頭の上にごそごそと何かを置いている。
よし、見るぞ。サンタの顔!
そーっと目を開けると、不思議な事にサンタはオレのお父さんとそっくりな顔をしていた。
その後は……サンタと一緒にトナカイの引くソリに乗って空を飛んだり、突然いっぱい雪が積もっている明かりがたくさんの街へ行ったり、あと少ししか残っていない筈のケーキが、作った時よりもっと大きくなってオレの目の前に現れて、サンタと一緒に食べたりした。お父さんにそっくりなサンタはこう言った。
「このケーキ、明日になるともっと美味しくなってるんだぞ」
『朝だよ、起きようね。早くしないと、チコクだよ』
目覚まし時計が何か言ってる。寒いなあ。目を開けたいけど、眩しくて開かない。今日って何の日だっけ……。
あ、サンタ! プレゼント! 慌てて飛び起きて枕元を見ると、プレゼントとカードが置いてあった。机を見ると、ケーキは半分の大きさになっている。
オレはプレゼントじゃなくて、カードを先に開けて中を見て、それを音読した。
「ことしも、まさひろくんは、とってもいい子でしたね。プレゼント気にいってくれたかな。おいしいケーキをいつもありがとう。 サンタより」
それはどこかで見た字だった。オレがひらがなだけじゃなくてちょっとは漢字が読めること、知ってるんだ。
ベッドから飛び降りて廊下に出ると、お父さんが玄関に座って靴をはいていた。
「お父さん!」
「お、まさひろおはよう」
「おはよう。もう行くの?」
オレは振り向いたお父さんの顔を見て言った。
「昨日クリスマスで早く帰ったからね。その分早く行ってお仕事」
「……」
「サンタは来た?」
「うん」
「そうか、良かったじゃん。まさひろ心配してたもんな」
お父さんは笑って靴紐を締めている。
「あとでお父さんにもプレゼント見せて」
「うん……お父さん」
お父さんの背中はおっきい。昨日オレが夢で見たサンタもおっきかった。
「ん?」
「オレ、お父さん大好きだから」
「え……」
「お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも……」
よくわかんないけど、鼻が痛くなって急に泣きそうになった。お父さんは大きな手をオレの頭に乗せた。
「お父さんと同じだな。お父さんも、まさひろとゆうとお母さんが大好きなんだ」
「……うん」
「行って来るね」
「いってらっしゃい!」
オレが大きい声で言うと、お姉ちゃんとお母さんが待ってーと言って廊下を走ってきた。
「お父さんいってらっしゃい!」
「気をつけてね」
うんうんとお父さんはみんなに頷いて見せて、鞄を持ち、ドアの外へ出た。
走って自分の部屋へ行き、サンタが半分食べたケーキに人差し指を突っ込んで、クリームを取って一口舐める。
サンタが言った通り、すっごく美味しかった。
ベッドに飛び込んでプレゼントを開ける。オレが手紙に書いた通りのものが入っていた。
オレ、今日学校に行ったら言うんだ。ちゃんとサンタは来たって。
オレのうちにはサンタがいるんだぞ、って。
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