創作家さんへ10のお題

ビスケット色




 オレの名前は、まさひろ。

 オレのお母さんもお姉ちゃんもオレをまーくんと呼ぶ。今は2月で、もうすぐ小学生なんだから、もういいかげんまーくんはやめろと言ったのに、二人ともぜんぜんやめてくれない。

 オレは年長になる時、ママって呼ぶのをやめたのに。ママって呼ぶのカッコ悪いって友達に言われたからな。ぼくって言うのだってやめたんだ。オレの方がカッコいいからな。オレのオを強く言うのがポイントだ。ポイントの意味わかんないけど。

「ただいまー」
 玄関からお姉ちゃんの声が聞こえた。
「ゆうちゃん? お帰り」
「ママ、今日あっちゃん来るからホットケーキ作っていい?」
「どうぞ。まーくんの分もお願いね」
「はいはい。まーくん何してんの?」
 ランドセルを下ろしながら、お姉ちゃんがこっちを見た。
「けん作ってんの」
「けん? しむら?」
「ば、ばっかじゃないの! バカ殿じゃなくて、たたかう剣だよ!」
「あーあーそれね。そのラップの芯ね」
 うるさいなあ。元はラップの芯だけど、それを剣に変えてるの見えないのかよ!
「ねーねーママ、今晩8時からしょうくん出るよ」
「え! 何チャン?」
「確か、10ってあっちゃん言ってた」

 またかよ。最近二人はテレビに出てる、歌を歌ってる男のグループの話ばっかりして、きゃーきゃー言ってる。女ってほんと、ほんと……ええと、なんだっけ? そうだ、ほんとくだらない! だ。
 オレはさ、同じそら組のカズと一緒に世界平和のために、毎日悪者と戦っているというのに。いろんな技つかって。こうして剣だって努力して作ってるのに。
 ちょっと前まではお母さんだってまーくん、まーくん言ってたくせに。何だよ、二人でさ。オレが男だからって、仲間はずれにして。全部お父さんに言ってやるからな!

 ピンポーンと玄関が鳴って、お姉ちゃんの友達のあっちゃんが来た。
「お邪魔しまーす」
「あっちゃんいらっしゃい」
「あ、いい匂いする!」
 あっちゃんは、リビングに入ってきてオレを見た。
「まーくん、こんにちは!」
「……こんにちは」
「どうしたの? 元気ないね」
「あー、しむらって言ったら機嫌悪くしちゃってさ」
 お姉ちゃんが、キッチンから大きい声で言った。
「しむら?」
「ちがうよ! うるさいなあ!」
「反抗期、反抗期」
「……」
 オレが何か言うと、いっつもお姉ちゃんに言われる。はんこうきって言葉。何だよそれ。前はハンコか飛行機のことかと思ってたけど、どうやらちがうみたいだし、聞くのもなんかあったまに来るから絶対聞かない。

 そう。最近、あったまに来る事が多い。
 まーくん、って呼ばれるのも、ピンクも、キラキラしたシールも、人形も、うさぎが笑ってる絵とか、みんないやだ。
 オレが好きな色は黒だし、まさひろって呼ばれたいし、テレビだってサッカーが見たいし、カードゲームで強いの集めたいんだ。

「できたよー!」
 お姉ちゃんが、ほかほかに焼けたホットケーキをテーブルに置いた。いい匂いがして、急におなかがへってくる。オレの前に、お姉ちゃんとあっちゃんが座った。
 いっぱいシロップをかけて、フォークで切って口に入れてもぐもぐした。
「まーくんて、かわいいね」
 せっかくおいしくて嬉しい気持ちだったのに、あっちゃんの一言で急にまたあったまに来て、勝手にほっぺがふくれる。その時お姉ちゃんが言った。

「あっちゃん、それは違うよ」
「え?」
「まーくんはね、かわいいんじゃなくてカッコいいの。男だからね」
 お姉ちゃんの言ったことにオレはびっくりした。
「まーくん、幼稚園卒園したら、まさひろって呼ぶからね。驚かないでよ」
「……あ、うん」
「まーくん、ごめんね。そうだね、カッコイイだよね。今度から気をつける」
 あっちゃんは本当にごめんねって顔をして、オレにあやまった。
「ぜんぜん、いいよ」
 何だか、すごく嬉しい。お姉ちゃんはわかってる。そうだよ、お姉ちゃんはすっごいよくわかってる。さすがオレのお姉ちゃんだ。

「今日は、きつね色じゃないかも。薄くなっちゃった」
 お姉ちゃんがホットケーキをフォークに刺してぶらぶらさせて言った。
「ホットケーキの?」
 あっちゃんが聞くと、お姉ちゃんはうなずいた。この色はたしかにきつねじゃないや。あれに似てる。丸くておいしい……。
「……ビスケット」
「え?」
「きつねじゃなくて、ビスケットの色みたい」
「あーほんとだー!」
 オレが言うと、二人が一緒に大きい声で言った。
「ビスケット色のホットケーキなんて、何だか得した気分」
「そう思ったらもっと美味しいね。まーくんよく気付いたねー」
 二人が笑ってる。お母さんがジュースをコップに入れて持ってきてくれた。

「まーくん、お母さんも4月になったらまさひろって呼んでもいい?」
「い、いいよ」
 何だか急に恥ずかしくなったから、もう一回ビスケット色のお姉ちゃんが作ったホットケーキを、いっぱいいっぱい口に入れてもぐもぐ噛んだ。




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