同じ朝が来る

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(11)会いに来てくれた君




 木下さんと一緒にいることを諦めた日、林には俺が、田辺さんには彼女が、俺たちは何でもないからとお互いに告げた。

 その日の放課後、下校途中誰にも声を掛けられたくなかった俺は、一旦図書室に寄ってから人気の無い教室に戻って自分の席に着き、予備校のテキストを開いた。今は誰の顔も見たくない。帰りの電車で偶然彼女に会ってしまうのも避けたかった。

 暫くすると、帰ったと思っていた竹下が、突然教室に入って来て俺の席に来た。
「倉田……お前、何やってんの?」
「勉強」
 左肘を着き手の甲を顔に当て右手でシャーペンを持ち、下を向いたまま返事をする。
「ちげーよ! 何だよそれ」
「……」
「木下さんのこと何とも思ってないとか、ふざけたこと言ったんだって? 林に」
「別にふざけてねーよ」
「好きならもっと必死になりゃいいじゃん。何カッコつけてんだよ」
 竹下はイラついた口調で、俺の前の席に音を立てて座る。
「……お前さ、ほんとはそんなに好きじゃなかったんだろ? 彼女のこと」
 竹下の言葉に顔を上げた。そうだったらどんなにいいかわからない。たいして好きでもなければ、こんなに苦しくなったりしないで済む。
「……」
「だよな? じゃなかったら意味わかんねーよ」
「そうだよ。だから言ってんじゃん、何とも思ってないって。林にもそう言ったんだから、それで終わり」
 俺がまた下を向くと、竹下が俺の肩を掴んできた。昼休み、林に掴まれたように。
「倉田」
「何だよ、俺にどうしろって言うんだよ……!」
 竹下の手を払いのけ、顔を見る。掴まれた肩よりも胸の奥が痛んだ。
「俺もう嫌なんだよ、林にあんな顔されるの。……聞いたんだろ? 中学の時の話。今度はもっと違う。それに木下さんだって……」
「……」
「もう決めたんだ。お互いこれで納得してんだから、ほっといてくれよ」
「お前ほんと……馬鹿」
「悪かったよ、心配させて。ありがとな」
 唇を噛み締め、竹下から顔を逸らす。
 竹下は図書室で俺の姿を見た後、声をかけようと昇降口で待ち、いつまでも現れない俺を探しに教室へ来たのだと知った。竹下の怒ってくれる気持ちは嬉しかった。けど、さっき言ったように、もう二人で決めたんだ。そしてそれはこの先きっと、変わらない。




 そうして三ヶ月と半月が過ぎ、気がつけば十二月も中旬に入っていた。
 季節は動き、制服も夏服から冬服になり、日差しは日に日に弱まって、吹いてくる風も身を切るように冷たいものへと変わっていった。

 模試も落ち着いて、後は冬期講習を受けに行くだけだ。あれから受験一色になり、木下さんのことも勉強に逃げてあまり考えないようにしていた。彼女は短大の推薦が決まったようだった。

 毎朝、電車の中で友達として当たり障りの無いことをメールしあって、外を眺めて、それだけだ。それでも時折やってくる、彼女の傍に駆け寄りたくなってしまうどうしようもない気持ちを、何でもない振りをして抑えこむことしか出来ない。
 自分から離れたくせに、つらくてたまらなかった。季節が変わっても、勉強に逃げても、いつまで経っても彼女を思う気持ちは変わってくれない。

 最近、林に彼女ができた。田辺さんにも彼氏が出来たらしい。
 二人に相手が出来たからと言って、俺が木下さんに気持ちを言えるわけじゃない。林に木下さんのことを好きじゃないと言っておきながら、あいつに彼女ができた途端、そんなこと虫が良すぎる。木下さんも、俺に何も言ってくるわけでもなかった。

 彼女の気持ちをはっきり確かめたこともない。俺をまだ思っててくれているのかどうかもわからない。もしも、俺が好きだと伝えたとしても、彼女にとってはもう何でもないことなのかもしれない。今さら……だよな。
 きっとこのまま卒業を迎える。それは自然なことに思えた。

 冬休みまであともう何日かの朝、いつものように電車の中で木下さんからメールが届いた。

『今日、昼休みに校舎裏に来て。話があるの』

 返信をせず彼女の方を振り返る。どうしたんだ、急に。冬の朝の柔らかい光の中、彼女は俺を見て微笑んでいた。

『え、なんで?』
『後で話すね』

 昼休みになり、彼女に言われた場所へと向かう。
 校庭側の校舎の影に、夏休み明け二人で一緒にいることを諦めたその場所で、木下さんは待っていた。
 あの時とは違い、冬のどんよりとした曇り空が広がり、冷たい風が制服を撫でていく。蝉があんなに鳴いていた木々には、もう一枚の葉も残ってはいなかった。

 両手を口の前に当て、息を吹きかけ暖めている彼女へと近付く。
 「どうしたの?」
 俺が声を掛けると、彼女はゆっくり振り向き口から手を離した。

 「来てくれて、ありがとう」


 それは今まで見たことの無い、悲しい笑顔だった。




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