事務所で着替えて待っていた私を、永志さんが迎えに来た。
「待った? ごめん、準備で時間かかった」
 準備? 仕込みのことかな。
「いえ、全然。お疲れ様でした」
「うん。くるみちゃんもね」
 カフェエプロンを取り、白いシャツの一番上のボタンを外した彼の仕草に、今でもどきどきしてしまう。裏の入り口ドアの鍵を確認した永志さんは、私の手を取り事務所の電気を消して、そこを出た。

 すぐ隣の、彼の部屋に通じるドアを開けたところで永志さんが言った。
「今、風呂にお湯貯めてるんだけどさ」
「はい」
「一緒に入ろ」
「え!?」
「いや?」
「い、嫌じゃないけど、恥ずかしいです」
 って言ってるのに、お構いなしに彼は私の手を引っ張り、そのまま脱衣所へ入った。
 電気は点いていて、お風呂場からお湯の出ている音が聴こえる。ふわんとした蒸気が脱衣所に漏れていた。今日は春のような陽気だったから、余計にこの場所全体が温かく感じる。
 持っていたバッグを奪われ、置いてある籠の中に入れられた。なんか永志さん、無言なんですけど……。
 振り向いた彼が無言のまま、唇を重ねてきた。ホールでされたものと同じ激しいキスに、今度は私も必死に応える。永志さんの手が私の羽織っていたカーディガンを脱がせた。ブラウスの上から彼の大きな手に体を触られて体をよじると、釦をひとつずつゆっくり外された。それが終わると、素肌の背中に回った彼の指がホックも外して、風通しの良くなった私の胸をその手のひらで包んだ。彼の温もりを感じながら首に手を回してキスを続けていると、ふいに唇を離された。
 突然跪いた彼が、私のスカートのファスナーを下げた。すとん、とブラックウォッチ柄のスカートが床に落ち、秋色のカラータイツを穿いた太腿が彼の前で露わになる。
「え、ちょっとあの」
 咄嗟に前を押さえた手を払いのけられた。カラータイツを一気に膝まで下ろした彼の手は、私のショーツの端を掴んだ。
「永志さん、やめ」
「拒むのはナシって言ったの忘れた?」
「え!」
 それまだ続いてたのー!? 私の中ではとっくに終わってたんですけど……!
 驚いた隙にタイツと同じところまでショーツを下ろされ、顔を押し付けられた。
「やだ……! シャワー浴びてからにして、お願い」
「俺がいいって言ってんの」
 明るいし、こんな格好だし、恥ずかしすぎて気絶しそう。……なのに、彼の柔らかい舌の感触が気持ち良すぎて、結局拒むことも出来ずに負けてしまった。

 立ち上がり、黒いパンツのベルトを外してファスナーを下げた彼は、ポケットから手早くそれを出して準備を始めた。
「……いつも持ってるの?」
「そんなわけないでしょ。さっき部屋に取りに行ったんだよ」
 準備ってお風呂のことだけじゃなかったんだ。……あと三つも余分にあるのはなぜなんでしょうか、どうして洗面台にそれを置くんでしょうか、なんて訊ける雰囲気じゃないよ。
「そこ手ついて。早く」
 彼は私の両手を広い洗面台の淵に着かせた。何で今日はそんなに急いでるの?
「ど、どうしちゃったんですか、永志さん、きゃ!」
 手を着いた途端、腰を持ち上げられると同時に後ろから一気に押し込まれた。今の今まで永志さんの舌で滑りの良くなっていた場所は、当たり前のように何の抵抗もなく彼自身を受け入れた。甘く痺れるような快感が体中に駆け巡り、他のことに気が回らない。
 大きく息を吐き出した彼が、ゆっくり動き出す。
「……俺がくるみちゃんを悩ませてたって、どういうこと?」
「そ、それ、は」
 訊きたいことって、それなの? 彼の動きが早くなるごとに、私の喘ぎ声も勝手に大きくなってしまう。それとは反対に冷静な声の彼が続けた。
「何であいつが知ってて、俺が知らないの?」
「ちょ、ちょっと待っ、しゃべれな、あ」
 そんなのこっちが聞きたいよ〜。古田さんは多分、私が表情を曇らせたのを見て、悩んでいるのを知ったんだ、と思うんだけど……。
「ほらまた違うこと考えてる。顔上げて」
 後ろから伸ばされた彼の手に顎を持ち上げられた。その拍子に、鏡に映った自分と目が合ってしまう。
「いや……!」
 慌てて顔を背けた。ブラウスの前は肌蹴て片方の肩が出てるし、下は何も着けてない。何よりこんな体勢で彼を受け入れている自分を目の当たりにして、恥ずかしくて死にそう。
「今……誰のこと考えてたの?」
「え、永志さん、です」
 たった今恥ずかしいと思ったクセに、いつもと違った快感に溺れてしまいたい自分がいる。
「ほんとに?」
「は……い」
 後ろから耳元で囁かれて足が崩れそうになるのを何とか堪えた。洗面台の淵に着いている両手が小刻みに震えている。
「誰が好きなの?」
「永志さん、です」
 こんなこと訊くなんて、本当に焼きもち妬いてくれてるって思っていいの?
「もっと言って、くるみ」
「永志さんが好き……!」
 前に嫉妬深いと言ってたけれど、あれきり何もないから冗談だと思ってた。
「俺だけ?」
「永志さんだけが、好き」
 激しくなっていく彼に応えるように、私の体の奥が、もっとして欲しいって彼を求めてる。背中をなぞる彼の指に過剰に反応して堕ちそうになった。
「私、もう……」
「俺がいいって言うまで、まだ駄目」
「え」
 あと少しの所で引き抜かれてしまい、足の力が抜けた私はその場にしゃがみ込んでしまった。
 どうしてそんな意地悪するの……? そんなに怒らせちゃったんだろうか。何だかすごく泣きたい気分。心だけじゃなくて体中が切ない。

「くるみちゃん、どう?」
 すぐ傍で永志さんが囁いた。綺麗にお掃除してある床を見つめ、俯いたままで返事をする。
「ど、どうって……?」
「もう風呂入ろうか? ちょうどお湯止まったみたいだし。ここ寒くない?」
 その言葉に思わず頭を上げて、私と同じようにしゃがんでいる彼の顔を見つめた。
「何、涙目になってるの」
 クスッと笑った彼の腕にしがみつく。もうだめ。我慢できない。
「お風呂はまだ、入りたくないです」
「うん。それで?」
「……意地悪しないで」
「もっと欲しい?」
 永志さんが首を傾げて微笑んだ。そんなこと、自分から言えないよ。躊躇っていると突き放すように彼が言った。
「言わないとあげないよ」
「……ほ、欲しいです」
 何を? とか絶対訊かれませんように……!
「よく言えました」
 満足そうに笑った永志さんが私を膝立ちにさせ、両頬を両手で優しく挟み唇を重ねた。とても長いキスの後、彼はさっき洗面台に置いた残りの三つから、一つの封を開けて新しいものに付け替えた。
 私を抱き締めながら横たえた彼は、仰向けになり私を上に乗せた。
 永志さんは白いシャツを着たまま、私も肌蹴ているけれど一応ブラウスを着ている。何も身につけていない時よりも、何だか変な気分になってしまう。
「くるみちゃん、自分でいれてみて」
 言われるがまま自分から彼をあてがい、腰を沈めてしまった。体を動かす私の両手を取り、指を絡ませ強く握った彼が呟いた。
「上手になったね」
 その言葉に反応した私の頬が一気に紅潮した。私を見上げる彼の視線から逃げるように顔を逸らす。すぐ傍にあるお風呂場のドアから、彼の使うボディーソープの香りがした。
「こっち向いてよ。顔見せて」
 まだ逆らっちゃ駄目なの? 仕方なくおずおずと顔を上げ、彼の言葉に従った。
「可愛い。すごくいいよ、くるみ」
 眉を寄せた永志さんが、私の動きに合わせて下から突き上げた。
 こんなふうに乱れた姿、絶対に絶対に誰にも見せたくない。永志さんだけなの。永志さんが好きだから……それだけはわかってほしい。
「永志さん、今度はほんとに、もう……」
「……いいよ。一緒にいこ」
 彼の言葉に安心したのか、堰を切ったように流れ込んだ大きな快感に襲われて、名前を呼び合いながら二人同時に体を震わせた。
 繋がったまま彼の胸に崩れ落ち、小刻みに震え続ける体を押し付ける。息が、苦しい。こんなにすごいの……初めて。
 永志さんは何度か大きく深呼吸たあと、私の髪を撫でてくれた。

 しばらくして、ぐったりとしたままの私を優しく起こした彼は、自分の着ていたものを全て脱いだ。そのあとすぐに私の身に着けていたものも全て脱がせ、私を抱きかかえて浴室に入った。
「何もしなくていいよ。洗ってあげるから」
 彼の言葉にぼんやりとした意識のまま、小さく頷く。
「くるみちゃんの答え、ちゃんと訊けなかったから、今から教えてね?」
「!!」

 ……まだ、終わりじゃなかったみたい。