先生やって何がわるい!

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(7)こんなところに宇宙人?




 おととい予想していた通り、朝の教室は泣いている子どもたちで溢れかえっていた。

 もう既にバスの中で泣いてきたのか、目が真っ赤に腫れあがっている子、下駄箱でお母さんと別れ際に泣き喚いてそのまま園長に部屋まで連れて来られた子。教室についた途端、何かを思い出したのか大声で泣き出す子。俺と梨子先生、そしてしばらくは早目に来てくれる浅子先生と清香先生は、それぞれのクラスで、もうてんやわんやって奴だった。

 俺と清香先生で連携し、登園して来た順に帽子を脱がせ、鞄と共に所定の位置へ入れていく。子どもへここだよ、と教えてあげるのだ。このロッカーには、目印になるマークの付いた名前シールを貼ってある。下駄箱と同じマークで、これなら子どもがひらがなを読めなくても問題ない。
 この時、鞄の中に保護者からの連絡などがないか確認をする。登園した印としてシール帳にシールを貼る、という作業はあとで皆が揃ってから教えることになった。今はムリ。絶対ムリ。

 教室で一緒に自由遊びをしながら、泣いている子どもを慰めながら、次々とこれをやっていくんだから、いくら手があっても足りないくらいだ。まだ肌寒いはずなのに、半袖のTシャツを着ている俺の額からは汗が流れていた。
「ねーねー!」
 振り向くと右手で俺のエプロンの裾を引っ張り、左手に積み木を持っている男の子が立っていた。
「はい。えーと、ともあきくん?」
「うん。てんてーあのね」
 て、てんてーって……! 可愛すぎるじゃないか! それにしても小さいなー。ともくんは確か三月生まれだ。髪の毛もサラッサラで幼い子ども特有の金色の毛が混じり、毛先はクルリと巻いている。
「ともくん、きのもっちゅちゅてもだてっしゅの」
「……え?」
「あのね、きのもっつちゃっちゃての」
「???」
 やべえ、全然わかんない。しかも一回目と違くないか? いや、とにかくしっかり目線を合わせて口元をよく見るんだ。耳も澄まして、あとはイメージだ。想像だよ、想像。……妄想なら得意なんだけど。
「ごめんね、もう一回ゆっくり言って?」
「だやら! きのもねってちゃっちゃの!」
 本気でわかんねえええ! 怒ってるよ、めちゃくちゃ怒ってるよ。三歳児怒ると怖いよ!
「てんてー、やっ! きあいっ!」
「いでっ」
 ともくんは俺の足を思いきり引っぱたいて向こうへ行ってしまった。多分最後は「嫌い」と言ったんだろうけど……。だってさ、日本語じゃないだろ完全に。これじゃあコミュニケーションが取れない。どうしよう、嫌われちゃったよ。

「せんせー」
 おもちゃが散乱した中でがっかりしていると、二つ結びをした髪の長い女の子、ようこちゃんがやってきた。
「ともくんね、きのうおもちゃかってもらったんだって」
「え!?」
「いま言ってたよ」
 ようこちゃんは、ぬいぐるみを持ってにっこり笑った。
「わ、わかるの?」
「うん、わかるよ。せんせーわかんないの?」
「……わかんない」
「せんせーなのに?」
「ごめん。ほんとにわかんなかった」
「じゃー、これからようちゃんがおしえてあげるね」
「ありがとう。ようこちゃん、すごいね」
 情けないな、俺。それにしても、どうしてあれがわかるんだ。俺はもう年なのか? 若者にはついていけてないのか?


 しばらくしてからバスで登園した子どもたちも揃い、全員でおもちゃを片付け、俺は皆に声をかけた。
「はーい。じゃあみんなおいでー」
 いよいよ俺の初保育だ。手遊びだろ、朝の挨拶だろ、歌だろ。その前にもう一回トイレか。
「ん?」
 ピアノの前に歩き始め、ふと後ろを振り返ると二人しか俺の後をついて来てはいなかった。あとの二十人以上は俺の顔も見ずに、まだ普通に遊ぼうとしている。
「えーと、え? みんな?」
 しーん。反応なし。清香先生が離れた場所から俺をじーっと見ていた。うっわ、やりづれええ! でも待て、冷静になるんだ。何でだ? 何で皆俺のこと見ないんだ? 俺今、何て言ったっけ?
 みんなきて、みんなきて、みんな……。そうか、もしかして、もしかするかもしれない。息を大きく吸い込んで、もう一度言葉を発した。
「あのねー! みんなっていうのは、ここにいるみんなのことなんだよ!」
 デカイ声に、ようやく子どもたちは一斉に振り向いた。
「ゆいちゃんも」
 頭をちょんと突っつく。
「せいいちくんも」
「まなぶくんも」
「ともくんも」
「ここにいる、みんなみんな、ってことなんだけど、わかる?」
 大きな手振りで聞こえるように話すと、そばにいた子どもたちは、うん、と頷いた。
「よーし、じゃあみんな、先生のとこおいでー!」
 腕を伸ばしてオーバーなくらい手招きをしながら、散らばっている子どもたちを呼んだ。
「はーい」
 返事をしたのも二、三人。でも、とりあえず返事をしなかった子どもたちも、何となくわかってくれたようだ。
「みんな先生についてきてね! みんなだよ、み、ん、な!」
 ほんともうさ、ここからかよ……! という突っ込みは、胸の奥底にしまっておくことにした。

 大学で習った「三歳児は宇宙人」って話は、噂でもSFでもなく、紛れもない真実だったのだ。彼らの言葉を俺は理解することが出来ず、当然彼らに俺の言葉も通じない。そしてそれは言語のみだけではなく、その全ての行動においてなのだということが、身をもって証明させられる時間が迫っていた。





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