先生やって何がわるい!

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(44)初詣に願うこと




 車を降りて、長い長い参道階段を上っていく。一応外灯が点いているとはいえ、周りは全て深い森だ。暗くて足元があまりよく見えない。寝不足も相まって何度も階段に足が突っかかった。

「さみい〜、さみいよ〜。もう歩けねーよー」
「ちゃっちゃと歩けよ、若造が」
「いや、俺にはもう無理だ……。あとは親父に任す。俺、車で寝てるわ」
 親父の背中を見ながら途中で立ち止まった。まだ半分も上ってないんだよな。それにしてもこの人何歳よ? 何でくっそ寒い明け方からこんなに元気なの?
「裕介立ち止まるな! あとから来る人に迷惑だろうが」
 慌てて後ろを振り向くと、100段くらい下の方に数人がいるだけだった。ダウンのジッパーを一番上まで引っ張って口元を中へ埋める。すごい寒さだ。息も凍りそうって、こういうことだろうな。
「全然いねーよ。第一次盛り上がり期、過ぎてんじゃん。12時周辺だけだろ、混んでたの。降りてくる人もいないし」
 大晦日から元旦にかけては、階段を上り切った所にある神社で甘酒が参拝客へと振る舞われる。ほんともう、楽しみはこれだけだよ。
「毎年思うけどさあ、これ地元じゃなくてここじゃないと駄目なのかよ? それか、三が日中だったら別にわざわざこの時間じゃなくて昼間でもいいじゃん」
 仕方なくまた階段を上り始めた。足も冷たい。カイロ持ってくりゃ良かった。
「駄目だ! 何寝惚けたこと言ってんだ! 初日の出に対して罰当たりな奴だな!」
「声でけえよ……。頭に響く」
 周りの森中にも響いてこだましてんですけど。
「大晦日だからって、気い抜いて飲み過ぎなんだよ。お前は」
「いいだろ、冬休みくらい……」
「免許は持ってたな? 来年からは酒飲まないで、お前が運転しろ」
「いやだ」

 毎年、元旦は朝4時に親父に叩き起こされ、車に乗せられ、この有名な神社へ初詣に来ることが恒例になっていた。
 都心から離れた郊外にあって、小高い山を登って行く。本格的な山登りっていうんじゃなくて、小さな山全体がご神体とでも言うのかな、鳥居をくぐるとずーっとずーっと階段になっていて、上りきると神社が現れる。その階段が半端ない数だから、今は寒くても登りきると額に薄っすら汗を掻くほどだった。
 これが俺のじいさんが幼稚園を創設した頃からの、水上家の習わし。さすがにばーちゃんは腰が悪くて可哀想だから、連れては来れないけど。俺が代わりにお参りしとくからな。

 なんか前の方に団体がいる。サラリーマンか? 中小企業の会社だと皆で来たりしてるからな。割と有名で由緒ある神社だから、仕事の安泰の為に訪れる人も多いとかなんとか。
「新人おっせーよ。早く登れ」
「はいっ!! すんまっせんっ」
「こんなの仕事に比べれば何てことないだろ! 現実はもっと厳しいんだ!」
「おっす!!」
 会社なの? 体育会系なの? 朝っぱらから鬱陶しくてしょうがないから、さっさと上がってくれ。

 痛い頭を抱えながら、ようやく神社がある場所まで登り切った。上にも鳥居があり、まずはそこを通り抜けてから、端にある手水で手と口をすすいだ。体が温まったとはいえ、水は冷たい。震えあがりながらお参りをし、祈祷を申込み、外にあるベンチで甘酒を飲みながら日の出を待った。
「巫女さんがいるぞ。おみくじでもやってきたらどうだ?」
「別にいいよ」
「お前、そういえば彼女はどうしたんだ? ほら、大学の時にいだたろ」
「フラれた」
「ぷ」
「あ? 別にいんだよ。そんな好きでもなかったし」
「へー、ふーん」
 隣でにやにやしている親父にイライラしながら甘酒を飲み干した。
「給料が少ないんだって言われてさ。それでフラれたんだよ」
 俺はわざとそっちへ話を持って行った。
「はあ? そんな金目当ての女はろくなもんじゃないな。男の夢がわかっとらん」
「実際そうだろ。一也先生のことだって何で引き留めなかったんだよ。あんな、いい先生」
「引き留めたかったさ。でも、難しいわな」
「何が?」
「理想と現実が、だよ。子どもが少なくなっている今、うちの園だっていつまでもつかわかったもんじゃない。彼が、この先家庭を持つ気なら、手堅い方へ行ってもらった方が俺も安心だしな。園長としては辛い。経営者としては、そこまで給料は上げられない」
 親父は自販機で買ったコーヒーを飲み、ふうと息を吐いた。眼下には町が広がり、地平線の辺りが薄っすらと明るくなってきた。雲が出てるから、日の出がちゃんと見えるのかは怪しい。
「俺が園長の息子だって皆に言ったら、やっぱまずいかな」
 缶に口を付けていた親父は、ぶっとコーヒーを噴き出した。
「はあ!? 何を言ってるんだお前は」
「親父は母さんと結婚するまでどうしてたんだよ。一切言わなかったわけ? あと同僚のことも裏切ってるとか思わなかったわけ?」
 俺の質問に、親父は珍しく黙り込んでしまった。

 遠くの雲の切れ間から、太陽が顔を出した。日の出に向かって手を合わせ、目を閉じる。
 子どもたちが健康で、安全に楽しく過ごせますように。ばーちゃんが長生きしますように。あえてここでは梨子先生とのことは願わない。自分の力で何とかしないとな。

 祈祷をしてもらい、職員室の神棚へ飾る大きなお札を抱えて、長い長い階段を下りていく。辺りは朝もやがかかり、神秘的な気配を漂わせていた。もう少しで一番下へ辿り着く、という場所で親父がぼそっと言った。
「まあ、裕介が言いたいなら、好きにすればいいんじゃないの」
「何だよ、急に」
「俺もそれで昔悩んだから、お前の気持ちがわかるといえばわかる。具合が悪くなるくらい悩んで、結局母さんが解決してくれたんだけどな」
「どうやって?」
「その時が来たら、お前もわかるさ」
「ふうん」

 じゃあ俺、遠慮なく言うぞ? せめて梨子先生には……もしも気持ちを伝えられたらだけど、その時には、絶対に言ってしまうことになると思う。絶対に、だ。





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