先生やって何がわるい!

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(12) お弁当箱




 親父、もとい園長が言っていたことは当たっていた。今まで元気に登園していた子が何人か泣いている。その代わり、と言っちゃなんだけど、最初の頃泣いてた子は嘘のように大人しくなっていた。
 入園式で泣いて暴れたみーちゃんはあれきりだったし、せいいちくんも、しゅうへいくんも今はしっかり他の子と遊んでいる。あの騒ぎは何だったんだろう。子どもって……不思議だ。

 本日のメインイベント、それは弁当である。
 天気のいい園庭で外遊びの時間を多めに取り、部屋に入って紙芝居を読んで落ち着かせ、準備に取り掛かった。
 「手を洗ってくること」「いただきますをするまで、食べないこと」「勝手にお友達のお弁当箱を開けないこと」「フォークやお箸を人に向けないこと」。
 約束事を話す俺の話を聞いてんのか、聞いてないんだかわかんないけど、とりあえず子どもたちは楽しそうだ。ついさっきまで泣いていたようちゃんも、気が紛れたらしい。

 全員が机の上にお弁当の用意をし、椅子に座ったところで手遊びを始める。よし、予定通りのちょうどいい時間だ。
 ピアノの椅子へ座り、皆へ体を向けて両手の人差し指を出す。おべんとうばこのうた、この手遊び、やりたかったんだよなー。いいぞいいぞ、皆歌に合わせて指を動かしている。
「うっうっうあ……ひっ、ひっく」
 ん? 耐え切れなくなったか。今いい所なんだから、ちょっとだけ我慢してくれよ。
「ぜ、ぜんぜえ、おだが……ずいだああ」
 10時くらいからずっと言ってたもんな。泣いているのは体の大きい、ひかるくんだ。年少クラスでも一番デカイんじゃないか?
「おっおっおべんど、だべるうううう!!」
 泣き過ぎだろ。どんだけ弁当に期待抱いてんだよ。おやつもないし、そりゃ腹もすくだろうけど、年少が一番早く弁当の時間になるんだぞ。集団生活の掟を知るんだ! という胸の内は隠しながら、ひかるくんへ笑顔を向けて手遊びを続ける。清香先生が彼の背中をさすり、宥めてくれた。
「はい。それではお手々を合わせて、いただきます」
「いただきまーす」

 ……いただけません、俺たちは。まず半分くらいの子が弁当箱を開けられない。一応練習するように言ってあったんだけど、まあ家とここじゃ勝手が違うんだろう。
 俺と清香先生で子どもたちの間をゆっくりと歩き、声を掛けながら様子を見ていく。すると、ちかちゃんというショートカットの女の子が、フォークにミートボールを刺して俺に向けた。
「はい、せんせーあげるー」
「ありがとね。ああ、おいしいおいしい」
 近付いて食べるフリをした俺に、ちかちゃんは椅子から立ち上がって言った。
「だめ、ちゃんと食べるの!」
「先生も持ってきてるから大丈夫だよ」
「やだ! はい、どうぞ!!」
 ……なぜそんなにキレる。どうしようかと困っていると、別のテーブルから声をかけられた。
「せんせー、かいとくん、お茶ぜんぶこぼしたー」
「え」
 横を見ると、ナフキンから弁当箱の底までお茶浸しになっているというのに、全く動じないかいとくんがいた。周りも冷静だな! もう少し騒いでくれよ。
「せんせー、いっくんおしっこしてるよ」
「え!」
 振り向くと、いつきくんはフォークでハンバーグを頬張りながら、ふつうにお漏らしをしていた。足びっちょびちょじゃんか。全然危機感無いな、お前も! なんつーか三歳児ってさ、恥ずかしいとか、ヤバイとかそういうのあんましないよな。超マイペースというか。
「せんせー、まーちゃん、げぼした」
「ええ!」
 どうやら詰め込みすぎて、吐いたというよりも噴き出してしまったらしい。清香先生がおもらし対処、俺は弁当を吐き出してしまったまーちゃんの世話をする。熱もないようだし、まだ食べたがっているので、ゆっくり食べるように話した。
 はあ……。やっと自分の番だよ。弁当箱の蓋を開けて箸を取り出す。
「せんせー、ごちそうさまー!」
「見て! ぜんぶたべたよー!」
 はやっ! すげーな、もう食ったのかよ。俺まだ一口も食ってないんですけど!
「じゃあお弁当箱お片づけして、ちょっと待っててね」
 いかんいかん、取り残される。箸の上に多めのご飯を乗せて頬張った。
「ちょっと裕介先生、見て……!」
「え?」
 清香先生が指差した子は、隣の机、俺の斜め前に座っている男の子、ゆういちくんだ。
 椅子に座り、卵焼きが刺さったフォークを握ったまま、目をつぶって船を漕いでいる。ぐらんぐらんしている頭が危なっかしい。そばに寄ろうとした時だった。
「あ!」
 弁当箱に顔突っ込む! と思ったけど危機一髪。俺がほっぺを支えてそれは免れた。でもまだ眠ってるよ。

 そっと抱きかかえ、清香先生が部屋の隅へ敷いてくれた子供用の布団へ、ゆういちくんを寝かせる。
「あーあ。帰りまで起きないかな、これは」
「可愛いですね」
「やっぱりまだまだ赤ちゃんみたいだよねえ」
「はい」
 よっぽど疲れてるんだな。可愛い寝顔を見てホッと息を吐く。こんな姿でも見ないとやってらんないよ。寝てる時は天使だよな、ほんと。
 天使って言えば、今朝の梨子先生は何であんなに可愛く見えたんだろ。
「……」
 って、ないわー。ないない、有り得ない。大体俺、ああいうおっとりしてるの好みじゃないし。そういうのはない! 断じてない!
「どしたの? 裕介先生、首振って。痛いの?」
「え! いや、ないです! ないない!」
「なにが?」
「や、何でもないです」
 何、焦ってんだよ俺。清香先生、こういう時ばっかり人の顔見るの、やめてくれませんか。顔を逸らして額の汗を拭うと、立ち上がった清香先生が言った。
「さ、裕介先生。ごちそうさまのご挨拶して」
「へ?」
「食べ終わった子、半分くらいはいるでしょ。まだ食べてる子はそのまま食べさせてていいから、先にご挨拶だけして、食べ終わった子は遊ばせるの」
「あの、清香先生食べました?」
「とっくに食べたわよ」
 嘘ですよね? 何でいつの間にか完食してんの? 早食い選手権の王者? 俺まだ半分も食ってねーよ。
「食べ零し拭いたり、机片付けたり、やることたくさんあるんだからね。わかってんの?」
「……はーい」
 乾いた笑いを零しながら立ち上がり、皆の前に立って手を合わせる。

 小、中、高と皆勤賞だったし、風邪なんて滅多に引いたこともないんだけどさ。その内いつか俺、倒れんじゃね? 倒れなくても身体壊すんじゃね? ごちそうさまを子どもたちと言いながら、ふと思った予感は……的中してしまうのだった。





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