花たちが眠る薄暗がりの中、久しぶりにこの場所で見る彼の顔は、私の足下に向けられていた。
「あっちゃん、寒いよ」
「……もう終わるから」
彼の手が靴下を脱がされた私の足首に触れる。そこには糸のように細い、美しい鎖が飾られた。
「気に入った?」
「うん。綺麗」
「チョコパイでバレンタインを済まそうとしたお前とは違う訳よ」
あっちゃんは口の端を上げて、勝ち誇ったように笑った。
「ほんと綺麗ー、ありがとー」
「……お前、人の話聞いてる?」
「ねえ、でも何で足?」
「何かいいじゃん。こうすれば隠れるし」
彼は、私の左足の靴下と革靴を丁寧に履かせた。
「他の場所は全部目立つからさ。首も手も耳も」
「そう?」
「俺のかーちゃんもそうだけど、鋭いんだよ母親は。お前顔に出るから、俺がやったってこと一発でおばさんにバレる」
「でもこれ、夏で私服の時は丸見えだよ?」
「じゃあ、俺といる時以外は外して」
「それじゃ意味ないような気もするけど……でも秘密っぽいね」
知っているのは彼と私だけ。そう思ったら、いけない事をしているみたいで胸が躍る。
「他の奴に見せるなよ?」
跪いているあっちゃんは私の笑顔に向かって、自分も悪戯っぽく笑った後、突然真面目な表情に変わった。
「莉果。言ってないだろうな? 俺たちのこと」
「言ってないよ。今日もサキと遊んでることになってるし」
「お前、俺が小五の時さ、そうやって言っておいて速攻おじさんにチクったもんな。正月に花瓶割ったこと」
彼が下から私を睨みつける。
「……そうだっけ?」
「俺が中二の時だってお前、おばさんに……あー今思い出しても恥ずかしい!」
「……覚えてないもん」
頭を抱えていたあっちゃんは立ち上がり、隣に座って私を引き寄せ、腕の中へと閉じ込めた。
「言わないし、言えないよ。言ったら絶対、あっちゃんに逢わせてもらえなくなる」
「……」
「それだけは、いや」
「俺も、やだ」
あっちゃんが提案した二人の秘密。
彼が大学に受かって高校を卒業する時、お互いの両親に二人が一緒にいることを打ち明ける。それまではなるべく心配させないように過ごして、私達が心を寄せ合っているのを秘密にすること。
あっちゃんは……驚くほど真剣だった。
子どもが何言ってるのって、大人は笑うかもしれない。でももしかしたら、サキとキヨみたいに呆れながらも、二人のこの熱を知ろうとしてくれるかもしれない。
その為だけではないけれど、最近あっちゃんは今までよりも勉強に身を入れ始めた。まだバイトもしてるから急に忙しくなって、毎日の学校への行き帰りと、たまにお昼を一緒にするだけで、こうして学校帰りに二人の時間を共有することも、もう滅多に無い。
今日は久しぶりだから、いつもより遅い時間まで過ごしたくて、お母さんに嘘を吐いた。これくらいの嘘ならきっと、いけないことじゃない。
でもいつか彼の腕の中で眠ることを夢見ている私は、やっぱり悪い子なのかもしれない。
「ねえ」
「ん?」
「まだあと一年あるよ?」
「あっという間だよ。今までに比べたら」
「……ダメって言われたら?」
「いいじゃん。余計、燃える」
彼は余裕のある笑みを見せた後、可愛い箱に入っている飴をひとつ取り出し包み紙を広げ、私の口に押し込んだ。舌の上に乗せたそこから、じんわりと広がっていくのは、彼の匂いか飴の香りかわからない。私の唇に置かれている彼の指をほんの少しだけ噛んでみると、それはお砂糖よりも甘く身体の隅々まで行き渡った。
傍で眠る花たちを他所に、秘密を持った私達はささやかな贅沢を味わいながら、溜息の会話を交わし続ける。
そこはいつでも花の咲く場所。
気だるくて曖昧で窮屈な……二人で戯れる秘密の花園。
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