Secret Garden
(3)転落していくみたいに
「莉果?」
彼は私の瞳の変化に気付いたのか、心配げに囁いた。
逃げ出したい。
じゃないともう、言いつけを守らない子になってしまいそうで怖い。
「……どうしたんだよ」
いつの間にかあっちゃんの左腕が私の首に回され、目を伏せながら顔を寄せて来た。咄嗟に俯いて彼の胸に顔を埋める。
「あ、厚志先輩!」
キヨとサキの焦った声が彼を止めた。
「お前らツッコむのが遅いんだよ。ほんとにやっちゃうとこだっただろ」
あっちゃんの溜息交じりの言葉に顔を上げ、彼の腕の中で振り返ると、サキとキヨも立ち上がり、顔を赤くしてこちらを指差した。
「な、何なんですか、ほんとに」
「何って何が?」
「だから先輩は、」
「お前さ、わかってないようだから言っとくけど」
目の前であっちゃんがキヨを見上げた。
「莉果に触んな」
あっちゃんの低い声が身体に響いて、また甘い痺れが走る。
「……先輩は、莉果の従兄弟なんですよね? そういう事言うの、おかしいですよ、ちょっと」
キヨの戸惑った声に、あっちゃんは鼻で笑って言った。
「別におかしいことないだろ。従兄弟は結婚できんだから」
「じゃあやっぱり好きなんですか? 莉果のこと」
サキが大きな声を上げたと同時に、予鈴が鳴った。
「……早く教室行きな。帰り、下駄箱な」
彼は私の耳元にそう言い残して、何も言えないでいる私から離れた。校舎へ消えていく彼の背中を見つめる。
あっちゃんはサキの質問に答えない。
その日の放課後、初めて私はあっちゃんを置いて、先に一人で学校から帰った。
この大きな花はいつまで咲くんだろう。まだ強い香りを放って、私の目の前で夢を見せようとする。
いつもの温室の、いつもと同じ場所に座らされて、後ろから差し出された彼の両手の上を見た。
「どっちがいい?」
「……何で、チョコパイとレモンケーキ?」
「お前好きじゃん。どっち」
「あっちゃん、買ったの?」
「……買ったよ」
「どっちもいらない」
「何で」
「……」
口を噤む私に、あっちゃんは大きな溜息を吐いた。
「お前さ、何で昨日先に帰ったんだよ」
「……」
「今朝もいないし。俺、お前んち行っちゃったじゃんかよ。おばさん、睨むし」
「……」
「ケータイは電源切ってるし。何なんだよ、マジで」
「……」
「口開けろ」
「や」
「食えっつーの」
「……」
無言で歯を食い縛る私の顔の前に、包みを開けた両方のお菓子を突きつける。首を背けると、お菓子は鞄の上に置かれ、頭をがっちり掴まれて顔を上げさせられた。
「何怒ってんだよ。食えって」
「やだ!」
彼の手首を掴んで、ぐいと押しやると、さらに強い力で逆に手首を掴まれた。
「目、ちょっとタレてる」
「あっちゃんだってタレてんじゃん。離してよ!」
「キスすんぞ!」
「すれば!」
「え……」
彼の表情が急に変わり、私を掴む手の力が緩んだ。
「何で、あんなこと言ったの?」
「何が?」
「キヨ達に」
「……ほんとのことじゃん」
「こういうのもう、ダメだよ。あっちゃん私から、離れて」
「え?」
「ずっと一緒にいられないのはわかってる。だからもう、やめよ」
「……何言ってんの?」
「じゃないと、あっちゃん彼女もできないよ? 私に構うことないよ。もう十分だから」
どうにもならないなら、この手を離したい。
サキとキヨに言われて気がついた。本当、変な関係。いつも一緒なのに、兄妹でもないし幼馴染でもない。もちろん恋人同士なんかじゃない。けど、同じ学校のただの先輩、後輩にもなれない。
これ以上あっちゃんと一緒にいたら、私一人歯止めが利かなくなる。気付いてしまったら坂を転がり堕ちていくみたいに、多分止められない。きっと彼をうんと困らせる。一生、彼は私の従兄弟という関係でいなくてはならないのに。
「莉果が」
彼の声に顔を上げる。
「俺から離れたいって言うんなら、しょうがないよな。……わかった」
彼はそう言って、いつものようにそっと私に触れ、そこから立ち上がらせた。
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