薫の舌で、糸子の口中の全てが蕩けてしまいそうだった。
「ん、んうう、んん」
 たがが外れたかのように小さな唇を吸い、舐め、唾液すら呑み込む薫の勢いに糸子は熱中した。喉から漏れる呻き声すら吸い取られそうだ。烈しい接吻を受けた糸子がよろめくと、そのたびに強く抱き締められる。
 ――なんという恍惚。これが常世の闇の入口ならば、ともに地獄の果てまで堕ちてゆくのも何ら怖くはない。底の見えない絶望の淵など、二人だけの孤独を味わえる牢獄への入口に過ぎない。ただただ至福、それのみである。
「糸子、教えてくれ」
 唇を離した薫が、彼女の耳元で囁いた。
「は、い」
「勇夫に、どこを触られたんだ?」
 太い舌が、か細い首筋をじっくりと舐め上げる。糸子は薫の感触にびくびくと体を揺らしつつ、懸命に指し示しながら答えた。
「太腿と……この内には指が、入ったの」
 裾避けを割り、自らそこを見せる。彼女の膝上まで届く湯水が裾避けを濡らし、頼りなげな薄い柔毛までもが、しっとりと濡れていた。
「とても痛くて、全然濡れていないじゃないかと叱られて、頬を打たれました」
「かわいそうに……」
「でも、お兄様が来てくださったお陰で、指だけで済んだの。糸子は、あの男のものにはなっていない。勇夫殿がここを、舐めようとしたときに、お兄様がいらしてくださったから」
 頷いた薫の指が糸子の内へ忍び込む。
「あ」
「僕だったら?」
 滑らかな指が糸子の湿り気の奥を、ゆっくりと撫でる。優しく、ぎこちない指使いは、薫が女の体に慣れていないことを教え、それに気付いた糸子は嬉しかった。
「僕に舐められるのも嫌かい」
 熱い肌を押し付けた兄が問いかける。
「……お兄様、糸子を嫌いにならない?」
「嫌いに? 何故?」
「お兄様ならよいって、あのとき、思ったの。お兄様に見られるのなら、舐められるのならって。……はしたなくてごめんなさい」
「可愛いよ、糸子。僕の前でなら、いくらでもはしたなくおなり」
「……よい、の? はしたなくなっても」
「いいさ。ただし」
「ん、んんっ!」
 薫の美しい指が、糸子の内肉をぐいと押した。
「僕の前でだけ、だよ? いいかい?」
「は、い」
「誓って」
「誓い、ます。お兄様にしか、お見せしませ、ん」
 いい子だ、と微笑んだ薫は、糸子と泉の浅瀬へ移動する。糸子の裾避けをほどいて、それを岩に乗せた。何も身に着けていない姿となった二人は向き合い、ただ見つめ合った。月明かりよりも僅かに明るい光が裸体に降り注いでいる。無言で体を寄せ合うと、肌の温かさと艶めかしい息遣いが互いの興奮を誘った。
「綺麗だよ、糸子」
 跪いた薫は、糸子の潤った割れ目へ、そっと唇をあてた。
「んっ!」
 柔らかな薫の舌が初心な玉門を舐め始めた。知らない悦びに糸子の体が戦慄く。
「あっ、お兄様、よい、よいの……」
 肉の内で動いていた舌は上へと移動し、秘肉に埋まる薄紅の珊瑚玉を探り当て、ぬるりと舐め上げた。
「ひ、あっ……!」
 強い快感に驚き、思わず薫の頭を両手で掴んでしまう。見下ろすと、薫は尚も舌で転がしながら、上目づかいに糸子の様子を窺っていた。目が合った糸子は、恥ずかしさと動揺から顔を逸らしたが、動き続ける舌の快感から逃れることはできなかった。舌で擦りあげられる陰核から痺れるような快楽が四肢の先まで伝わってゆく。
「何か、変、に……あ、ああ」
 駆け上る快感に逆らえず、自ら股座を薫の唇へ押し付けた糸子は、あれよという間に達していた。兄を思って自分の指で慰めるよりも遥かに強い快感に攫われたのだ。
「ひ、ぁあ、ああ……っ!!」
 瞼の裏に現れた彼岸花が蕾を広げた。と同時に、糸子の下腹が突然ゆまりを催した。
「あ、駄目、お兄、様……!」
 細い膝がかくんと折れた糸子を、咄嗟に立ち上がった薫が支えた。震える狭間から、黄金に輝く水が音を立てて溢れ出す。
「や、いや……ぁ止まらな、い」
 抑えきれない快感と羞恥に支配された糸子は、目を潤ませながら薫の腕にしがみついた。
「そんなに具合がよかったのかい」
「は……ごめ、ごめんな、さい」
 荒い呼吸とともに、涙がぽろぽろと零れ出す。大切な人の前でこのような醜態を晒すなど……今すぐにでもこの泉の奥深くへ潜り込んでしまいたい。
「粗相くらいで泣くことは無いよ」
 薫の何とも言えない甘い声に包まれ、糸子の蜜奥が反射的にびくんと反応した。兄の声だけではない、合わせた肌の温度、舌使い、自分を見つめる熱を帯びた瞳……知らなかった彼の一面を前にして、糸子の体は熱病にかかったかのように、自分を上手く司れなくなっていた。
「でも、でも、こんな……恥ずかし、い、見ないで」
「僕の前でならいいと言っただろう? 大丈夫、僕が全部綺麗にしてあげるから」
 内腿に流れたゆまりを薫が泉で洗い流してくれる。一瞬で消えはしたが、記憶に残る聖水の匂いにいたたまれなくなった糸子は、もとの深い泉へ戻ろうとして薫に背を向けた。
「糸子、今更逃げるのかい」
「違うの。汚してしまったから、向こうへ……」
「お前の香りは汚れてなんかいない。何もかも美しいよ」
「でも、あっ」
 糸子の両太腿を後ろから掴んだ薫は、彼女の玉門へ吸い込まれるように顔を埋めた。気付いた糸子は動くことも叶わず、ゆらゆらと腰を振って声を上げる。
「あ、ああ……! やぁあ、お兄、さ、ま」
「もっと僕におくれ、糸子。もっとだよ」
 滴りを啜る音が辺りに響いた。薫が自分の淫らな水を夢中になって飲み込んでいる。彼の唇と舌と乱れた呼吸が直に伝わり、嬉しさも相まって再び悦楽へ引きずり込まれた。
「だ、だめ、また……あ、ひっ、ぁう」
 内肉へ入り込んでいる兄の舌をぎゅうぎゅうと締め付け、糸子の瞳は再び紅い花の閃光に包まれた。

 気を遣った後、ふと気づけば薫に抱き締められていた。浅瀬の方が水の温度が高いらしく、浸かっている脛がじんわりと温かい。
「お兄様にも、糸子が」
 心地よい怠さに朦朧としながらも、意識はそちらを向いていた。糸子の白い手が薫の下腹に伸びる。
「私、儀式の為にマサに本を読むように言われました」
「どのような、本だ……」
 躊躇うように腰を引いた薫は、吐息交じりに糸子へ問うた。
「男女が裸で重なり合う絵が載っていて、見るのが苦痛だったけれど、そこで知ったの。口を吸い合ったり、抱き合ったり、男性の大きくなったものをこうして……触ったり、口に含むとよいのでしょう?」
 兄の戸惑いには構わず、糸子は天を向いて滾る彼の男根をそっと握った。熱く、硬く、自分を欲するが為に、このように猛々しくなっているのかと知るだけで糸子の目が嬉しさに潤む。
「糸子、いけないよ、そのような……こと」
「どうすればよいの……? こう? 教えて……お兄様」
 手をゆっくりと動かし、本に載っていた絵のように扱いてみる。途端に薫が熱いため息を落とした。
「う、あ、ああ……」
「よい、の? お兄様」
「ああ、いいよ、いいよ糸子、いい……」
 うっとりと空(くう)を見て喘ぐ薫の姿態は艶めかしく、糸子はますます歓喜した。自分の手であの美しい兄を、このような表情にさせていることが、嬉しくてたまらない。
 何度か動かした糸子は顔を伏せた。自分たちへ降り注いでいた日は泉にも落ち、反射してきらきらと輝いていた。光の輪郭は美しく、兄と妹の淫らな行いを神聖なもののように錯覚させる。
「私も、して差し上げます」
 これは献身に違いない。兄を思う情ゆえの高貴な奉仕なのだ。
 膝を折った糸子は、さきほどよりもさらに怒張している、つややかな薫自身に顔を近づけた。
「……ん、む」
 ちゅっと吸い付き、とうとう口に含んでしまった糸子へ、薫が驚いたような声を上げた。
「糸子……!?」
「ん、んん……ふ」
 兄の形に沿って舌を動かし、吸い上げた。自分がそうしてもらったように丁寧に、情をこめて。
「糸子、糸子、ああ」
 声を上げた薫は我慢しきれないというふうに、糸子の頭を両手で掴んで動かした。硬く張り詰めた薫の肉が糸子の内頬に擦られる。兄の悦楽を口いっぱいに頬張り、息苦しさに涙目になりながらも、糸子は必死で舌を動かし続けた。しばらくそうしていると、薫が切ない声で低く呻いた。
「あ、もう……う、う」
 糸子の頭を強く押さえ、腰を震わせる。滑らかな彼女の黒髪は薫の手の内にしっとりと収まっていた。口中へ放出された粘り気のある汁気が糸子の舌に絡みつく。栗の花のような香りが糸子の脳裏へと刻み込まれた。いとおしく、恋しい人の、生きた香りが……強く、深く。

 ぐったりとした薫が湯の中へ腰を着いた。糸子もまた座り込む。
「糸子……すまない」
 眉根を寄せて息を吐く薫に、糸子は首を横に振った。
「飲んでしまったのか」
「……ええ」
「気持ちが悪かったろう。口を漱ごうか」
「いいえ。お兄様が先に糸子を清めてくださったのですもの。それに……お兄様の精なら、糸子も嬉しいの」
 心からの言葉だった。
 幼い頃より過ごした兄と、全てをさらけ出して睦み合った。自分に挑む男の顔を見て、快楽に喘ぐ声を聞いた。愛する者に愛されるという、これほどの喜びがあるだろうか。
 薫に腕を引かれ、彼の胸に飛び込んだ糸子は再び懇願する。
「お兄様、もっと、なさって」
「本当に、いいんだね」
「お願い」
 接吻をするために顔を近づけた二人の耳へ、ちゃぽん、と小さな水音が届いた。驚いた糸子が身を縮ませる。糸子の髪に触れた薫が囁いた。
「……頭を伏せておいで」
 音のほうへ顔を向けた薫は、下帯とともに岩の傍に置いてあった刀へ近づき、低い声で呟いた。
「誰だ」
 人の気配はない。そして、それ以上の物音はしなかった。体を両手で抱くようにして縮こまっていた糸子に、戻ってきた薫が言った。
「蛇だ」
「へ、蛇!?」
 大抵の女子が苦手であるように、糸子も蛇は嫌いである。青くなった糸子を見て、薫がくすっと笑った。
「毒のない類だよ。咬みつきもしないだろうが、蛇は泳ぎが得意だからね。こちらへ来るかもしれないから上がろうか」
「ええ」
 泉から上がった二人は、荷物を置いておいた場所へ戻る。
「お兄様」
 糸子は着替えを取り出し始めた兄の腕にしがみつき、小さな声で訴えた。兄と繋がりたい一心での行動を、ここで途切れさせてしまったら、二度とこのような機会に恵まれないのではと心細くなったのだ。
「わかってる。ここまで来たら僕だって引き返せないさ。だが、一先ずこの洞穴を出よう」
「……」
「誰にも邪魔されない場所で、気が済むまでお前を抱くよ」
 薫はなだめるように糸子を優しく抱き締め、頬と額に接吻をした。

 泉の向う側に続く洞穴の道を抜けると谷へ出た。前を進む兄は黒い学生服の上から外套を羽織っている為、一見、その中へ刀を仕込んでいるようにはとても見えなかった。糸子は薫の用意した背広を着て、男性の帽子を深く被り、短靴を履いている。これで着物姿で逃げてきた男女と同一人物には見えないだろう。糸子の白装束は限界まで水分を絞り、薫の着ていた黒い着物一式と共に風呂敷を何重かにして包み、持ち帰ることにした。

 谷を出て昼頃まで歩くと、いささか人の多い町へ辿り着いた。どうやら温泉があるようで、観光客の姿をちらほらと目にする。彼らに紛れて食事になりそうなものを買い、町の駅から鉄道へ乗った。
「お兄様、どこへ行くの?」
 人の少ない車内で、糸子が薫に小声で尋ねる。駅を出発した鉄道は海沿いを走っていた。晴れた空は青く、海は輝いている。
「すぐに着くよ。先に、この押し寿司を食べてしまおう。時間があまりない」
「はい」
 薫に買ってもらった笹の葉を広げると、くるまれていた寿司が出てきた。酢の香りが漂い、糸子の空腹を刺激する。鯵を使った寿司は、この辺りの名産のようであった。
「いただきます」
「僕もいただこう」
 脂の乗った塩でしめた鯵はあまりにも美味しく、糸子はあっという間に平らげてしまった。このように食事を美味しいと思ったのは何か月ぶりだろう。

 三つ目の駅で降りた。閑散とした無人駅から、細い道へと入ってゆく。辺りは人どころか田畑も見当たらず、林が延々と続いているだけだ。歩いても歩いても周りの景色は変わらず、ただ木々が広がるばかりで、細い道もいつの間に消えていた。
「お兄様、ここは」
 不安になった糸子が呟くと、立ち止まった薫が外套の前を広げて胸ポケットに手を入れた。
「これを覚えているかい?」
 糸子の前に、一枚の古い紙が差し出された。青いインクで文字が書かれた、地図のようなもの。
「人魚さまのご本に挟まっていた紙……!」
「そうだ。これは、人魚塚からここへ辿り着くための地図だったんだ。解読するのに時間がかかったが、多分合っているだろう」
「人魚塚から、ここまでの地図……。ここに一体、何があるの?」
 上空でカラスが鳴いた。
 ギャアという声を仰いだ薫が、一瞬微笑んだように見えた。彼の黒い外套が風に煽られ、カラスの羽のように広がる。
「お兄様……?」
 呼ばれた兄はゆっくりと顔を下げ、再度妹の顔を見つめた。

「人魚さまの肉が、在る場所だよ」