シャワーを浴びているうちに、酔いが醒めてきてしまった。
 鏡に映った情けない顔をしている自分へ言葉を吐く。
「何を、躊躇うことがあるのよ」
 彼を慰めるんでしょ? それで私も彼に慰めてもらうんでしょ?
「……」
 出会ってすぐにこういうことをするのは初めてだからって、怖気づいても今さらだ。

 それにしてもここ、本当にラブホなんだよね? 
 内装も置いてあるアメニティもいちいち豪華だし、部屋のお値段も高そうだった。お風呂場の向こうに露天風呂まであるようで、びっくりなんですけど。部屋を選ぶ時にタッチパネルを見てチェックしたのは……何となく覚えてるけど、値段はわからない。

 バスローブを羽織って、バスルームを出た。おずおずと彼のいるベッドルームへ入っていく。間接照明は暗めに調節されていた。
「お、お待たせしました」
「あ、いえ」
 先にシャワーを浴びていた北村さんは、ベッドのはじに座っていた。私の顔を見た彼は、手にしていたスマホをサイドテーブルに置く。
「どうぞ」
「あ、はい。失礼します」
 促されて、彼の横に座る。弾みで、綺麗に整えられたベッドがぎしっと沈んだ。
 その音が妙に現実的で、余計に意識がはっきりとしてしまう。こういうときはどうしたらいいんだろうか。勝手がよくわからない。さっきまでの勢いなんてこれっぽっちもなくなって、代わりに動悸がすごいことになっている。この音が、お酒のせいじゃないのはわかる。

 私とおそろいのバスローブを着ている彼は前かがみになり、膝の上で手を組んだ。
「……俺」
「はい」
「もうだいぶ酔いは醒めてるんですが」
「……私も、です」
 どうしよう、手が震えてきた。
「こういう気持ちになるとは思ってもみませんでした」
「?」
 意味がわからなくて顔を上げると、同時に顔を上げた彼と目が合った。
「実は俺、勢いで女性とこういうことするのは初めてなんです」
「……え」
「いや、付き合った女性とはもちろんホテルに入るし、アレコレもしますけど。そうじゃなくて、こういう状況が初めてなんです。出会ってすぐに、ホテルにくるという状況が」
「それなら、私も同じです」
「え」
「私も、知り合ってすぐの人とこういう場所にくるのは、初めてですから」
 この人も私と同じなんだ、と思ったら少しだけ緊張がほぐれた。
 私の言葉に小さく頷いた北村さんは、静かな声で話を続ける。
「そうでしたか。……そりゃ、そうですよね。きっと今まで生きてきた中でも、かなり最悪に近い、傷ついた出来事だと思いますし、自暴自棄になったってしょうがない。……話を戻しますが」
「はい」
「だからというか、酔いが醒めたらそういう気持ちがなくなっても仕方がないかと、シャワーを浴びながら何となくそう思っていました。俺だけじゃなくて、加藤さんもそうかもしれないって」
「……」
「でも違いました。あなたがこの部屋に入ってきたのを見て、何ていうか……醒めるどころか、かえってあなたを抱きたくなりました」
「!」
 ストレートな言葉を受けて胸が熱くなる。
「約束しましたしね」
「約束?」
「全力であなたを慰めると」
「あ」
 肩を抱かれた。ほどけていた緊張が再びよみがえり、全身に走る。
「あなたは……? 俺と、こうすることに迷いがありますか?」
「私は……」

 北村さんが私を自暴自棄のはけ口にしようが、いい加減に扱おうが、それは別に構わないと思ってた。私だってそのつもりだったから。でも、いくら酔っているからといって、それは失礼なことだと、今の彼の言葉を聞いてわかった。
 彼は今夜二人で過ごすことをないがしろにはしない。そう言ってくれているのだ。だから私も応えなければいけない、と思う。

「私も約束しましたから。あなたを慰めるって」
「全力出してくれます?」
「わ、私なりに、ですけどね。上手い下手は置いといていただいて」
「あ、俺もそこは置いといてください」
 彼が笑うから、私まで笑ってしまった。一緒に笑って、一緒に体が揺れる。
「私、嫌じゃないです。あなたに抱かれること」
 北村さんの胸に寄り添い、小さく呟いた。
 同じ気持ちを抱えるこの人となら、肌を合わせても大丈夫だ、きっと。
「緊張してる? 少し震えてる」
 私の頬に彼の手がそっと触れた。
「ちょ、ちょっとだけ」
「……大丈夫。あなたが嫌がることは、絶対にしないから」
 彼が眼鏡を外した。たいして度はきつくないのか、目の大きさは変わらない。でも雰囲気が違って、余計に緊張してくる。
「ただ、俺も飲んだ上に緊張してるんで、その……ダメだったらすみません」
「え、いいえ。北村さんも緊張してるの?」
「してる」
「あっ」
 突然私の右手を取られた。
「してるよ、今ほら」
 バスローブの前を開けた彼は、私の手のひらを自分の胸に押し当てた。大きな鼓動が伝わってくる。
「……ほんとだ」
「あなたは?」
「私も、同じだと思う」
「じゃあ、直に聞かせて」
「んっ」
 唇を重ねられながら、そっとベッドへ押し倒された。
「ん……」
 何度か軽く唇を合わせたあと、柔らかな舌が入り込んできた。優しく丁寧に、私の舌を舐めている。
 今日会ったばかりの人なのに、前からキスしたことがあるような不思議な感覚だった。この人、キスが上手なのかと思わされるくらいに、あっという間に頭がぼうっとして体から力が抜けていく。もっと深くして欲しくなったところで、はっとする。
 気持ちがよくて忘れるところだった。私からも北村さんを慰めてあげないと。
 私は彼の両頬を両手で押さえ、自分へ近づけた。私から舌を絡ませ、彼のキスに応える。何だか、すればするほど体の奥が疼いてきて、すぐに繋がりたい欲求が湧きあがっている自分に戸惑う。あんまりこういうことはないんだけど、今夜はどうしたんだろう。
 北村さんの息が荒くなり、自分のバスローブを脱いだ。そして私のバスローブに手をかけ、肩をつるりと脱がせる。
 お互い何も身につけていない格好になり、肌が直接合わさる。
「ほんとだ……ドキドキしてる」
 北村さんが私の胸に耳をあてて言った。低い声が私の体に浸透する。彼の頬と私の肌が触れあって、あったかい。

 そういえば、婚約破棄された彼と体を重ねたのって、いつが最後だったっけ。別れる前から、そういうことが少なくなったのは気付いてた。でもそれは、彼が仕事で忙しいからだと思い込んでいた。
 私はとにかく結婚できることが嬉しくて、新しい生活を夢見て……彼の本当の気持ちが見えていなかったのかもしれない。

 起き上がった北村さんが、私の耳に唇を押し当てた。
「んっ」
「耳、弱いの?」
 肩を縮ませる私に彼が問いかける。
「うん、あっ」
 耳たぶをちゅっと吸いあげられた。ぞわりと肌が粟立ち、首筋から背中、そこから腰まで感じてしまう。お酒のせいで敏感になっているのかと思ったけれど、さっきからどうも違うような気が、する。
「……んっ、ん」
 普段あまり声は出さないほうなのに、我慢ができない。熱い肌がぴったりと触れるたびに、体がびくんと震えてしまう。彼の手も、胸も足も、触れる全部が気持ちいいなんて、そんなこと、初めてだ……
 耳にぬるりとした感触を覚えた。舐められるとさらに体中に疼きが駆け巡り、火照っていくのがわかる。
 小刻みに息を吐く私へ、北村さんがぼそりと呟いた。
「何か俺……」
 彼をチラリと見ると、苦しそうに顔を歪めている。
「どうし、たの?」
「くっついてるだけなのに、ちょっと、ヤバいかも」
「え……?」
「加藤さんの全部が気持ちいいんだ」
 吐息しながら、北村さんが私の耳元で零した。私と全く同じ感想を囁かれたことに驚く。
「こんなこと、初めてだ、俺」
「私も、さっきから何だか変……なん、です……んぁっ」
 私の胸を彼の手のひらが丸く包み込んだ。今まで感じたことがないくらいの快感が走る。
「すごく、感じやすいって、いうか、あっ」
「俺も……何だ、これ」
 太ももに彼の硬いモノがあたった。
 私のほうも多分、十分準備は整ったんじゃないかというくらいに、濡れてる。まだそんなに時間をかけていないのに。
 もしかして、体の相性がいい、とか……?
「あっ! ん……あぁっ」
 胸の先端に彼の唇が移動した。電流が走ったように体がびくびくと跳ねる。
 ぼんやりと灯る間接照明が揺らいで見えた。ボディジェルの香りと、じわりと噴き出す互いの汗の匂いが混ざりあって、欲情を煽られる。

 硬くなっていく先端を舐められ、指で弄られるごとに、痺れるような熱が体を支配していった。
 我慢ができなくなった私は、彼の頭を抱えるようにして自分の胸に抱きしめる。
 体をよじり、もっと欲しいと……自分から、せがんでいた。