昼休みになり、お弁当を食べ終えて、裏庭に吉田くんを探しに行く。
教室にいなかったからもしかして、と思ったらやっぱりいた。吉田くんは樹の下で横になっていた。ほんとにこの場所が好きなんだな。確かにあんまり人は来ないもんね。私もそれが理由で告白の場所に使ったんだし。
結局あれからずっと緊張してしまって、一言も話せなかった。だから帰りに会う前に、ちょっとだけでも言葉を交わしたかったんだけど……。
吉田くんは肘を曲げて枕みたいにして、横向きになって寝てた。寝てるっていうか、もう本格的に眠っちゃってる。隣に座って彼を見下ろした。
寒くないかな。ここ日陰だし。上を見ると、いいお天気。秋の空ってとても高い。雲もうんと高い所で風に吹かれているみたい。空から吉田くんに目線を落とす。
「……」
まだ、吉田くんの口元には少し痣が残っていて、痛々しい。それを見る度に、やっぱり辛くなってしまう。
あの時、吉田くんは何の躊躇いもなく、頭を下げていた。きっと本当は彼は強いんだと思う。殴り合いになったっておかしくなかった。
でも私がいたから、ううん、多分女の子の前ではそういう事はしないんだ。こうやって彼のこと知れば知る程、どんどん好きになってしまう。
ほんの少しだけ冷たい風が吹いて、小さな葉っぱが一枚飛んで来た。彼の髪に付いたその葉を、手を伸ばして取る。
全然気付かないですやすや眠る彼の頬に、かがんでそっと顔を近付けた。
「……」
「……ん」
彼の声に顔を上げ、急いで立ち上がってその場を走って去った。
私、私今何した?! 心臓がすごい音を立てている。気づいてないよね? 誰にも見られてないよね? ほんと何してるの私。み、未遂だけど。触れてはいないけど。吉田くん、起きなくて良かった……!
彼の寝顔を見ていたら、急に近付きたくなってしまった。大好きって気持ちが、突然こんな風にさせた。自分でもびっくりしてる。でも、だからってこれはないよ。
……ごめん、吉田くん。
慌てて昇降口で靴を履き替えると、予鈴が鳴った。まだ思い出すと、顔が熱い。両手を頬にあてて、冷たい手でなんとか冷まそうと努力する。
あ、吉田くん置いてきちゃった。起こしてあげた方が良かったのかな。どうしよう。廊下で足を止めてみる。その場に立ち尽くして戻ろうか迷っていると、遠くから走ってくる足音が聞こえて、すぐ後ろで止まった。
「どうしたの?」
「わっ!」
本人登場! 起きたんだ。そんな急に、後ろから覗き込まないでー!
「びっくりした?」
「うん」
びっくりしたよ。すごくびっくりした。駄目、顔が……また赤くなってる。栞冷静に、お願い、今だけはいつもみたいに冷静に! じゃないとバレちゃうよ。
「何してたの?」
「え」
「珍しいよね。予鈴鳴ってるのに」
あ、歩幅また合わせてくれてる。
「な、何って、別に。……ごめんなさい」
思わず謝る。私の馬鹿! 変に思われるってば。
「? なんで?」
「……」
「あ、帰りもしかして……やっぱり都合悪かった?」
吉田くんの声が急に寂しそうに響いた。
「違うの、それは全然大丈夫。……待ってて、ね」
「あ……うん」
彼は急に目を逸らして、額に手をやった。少し照れると、いつもそうするよね。
「うん」
「うん?」
「ん?」
思わず二人で顔を合わる。
「なに今の」
「わかんない」
二人でくすくすと笑って、そのまま廊下を教室へ向かう。良かった、バレてない。それに、今ので午前中の緊張もだいぶ減ったみたいだった。
吉田くんの背中を見ながら教室に入る。教室に入っても、彼の後をついていく。隣の席なんだから当たり前なんだけど、そんなことが何故かすごく嬉しい。
席に着くと左側に感じる、窓からの陽の光と吉田くん。
彼の方を見ると、必ず目を合わせて小さく笑ってくれる。その表情にほっとして、私も笑みが浮かぶ。
反対に、吉田くんから視線を感じて振り向くと、目が合ってまたさっきの表情をしてくれる。だから私もまた安心して、吉田くんに笑って返す。帰りまで何回かこんなやり取りがあった。
吉田くん、さっき教えた駅で待っててね。
ノートに書いた言葉の意味……教えて欲しい。
吉田くんの髪に付いていた小さな葉っぱをポケットから取り出して、壊れないよう両手でそっと包み込んだ。
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