昼はあんなに晴れていたのに、もう帰りには雨が降っていた。
放課後、どうしても図書室に用があったから、友達には先に帰ってもらう。
少し遅くなっちゃったな。昇降口にはもう人も少ない。
一人、女の子が誰かを待っている。え、と上田さん、だったかな? 同じクラスにはなったことないけど、髪が長くて可愛くて、そしてあの吉田くんの彼女だったから、名前は聞いた事がある。吉田くんのこと、待ってるんだね、きっと。
吉田くん……お腹すいてないかな。私が焼きそばパン食べちゃったから。
下駄箱に行き、靴を履き替えて鞄を探る。
「え、嘘」
あれ? 確か持ってきたと思ってたのに。
あーやっちゃった……。傘忘れてきたんだ、家に。てっきり持ってきたって勘違いしてた。
外を見ると、雨はひっきりなしに振り続いている。どうしよう。駅まで結構距離あるし。友達はみんな帰っちゃったし。周りをキョロキョロ見回しても、知っている人は誰もいない。
湿った匂いの昇降口を出て、庇の下で雨を眺める。
もしかしたら、止むかもしれない。ここで待とう。そうだ誰かまだ学校にいるかな。メールしてみよう。ケータイを取り出して開く。……う、嘘でしょ。電源がない。もう、最悪。今日最悪だ、私。
あーあ。やっぱり朝の占い見るべきだったかな。
水溜りに落ちていく雨粒を見ながら、昼休みのことを思い出していた。
よく考えたら、ああして昼休みに来てくれただけでも感謝しなきゃいけないよね。教室に戻っても、相沢くんはいつも通りだったし。多分、気を使ってくれていたんだと思う。
相沢くんのあの後ろ姿を思い出すと、まだ胸が痛い。……早く忘れよう、相沢くんのこと。もうやめなきゃいけない。
「鈴鹿さん」
声を振り向くと、そこには今思っていた人が立っていた。あ、相沢くん……! 何で? 途端心臓の鼓動が早くなる。
「あ……」
「傘ないなら、どうぞ。俺もう一本あるから」
顔がみるみる赤くなっていくのが自分でもわかる。相沢くんは私に向けて、自分の折り畳み傘を差し出していた。
綺麗な水色の傘。
雨音が、やけに耳に響く。
「……いいの?」
どうしよう、涙が出そう。
「うん」
相沢くんは私の掌の上に、傘をそっと乗せてくれた。私、手が震えてる。
私に折りたたみ傘を渡すと、相沢くんは背を向けて自分の傘を広げた。行ってしまう。今、今言わなきゃ。
「今日、ごめんね。急にあんなこと」
「……別に構わないよ。じゃあ」
相沢くんは振り向いて私の目を見つめた後、そのまま歩き出した。
「あ、ありがとう」
手元の傘を握り締めて、歩いて行ってしまった相沢くんの背中を見つめる。
ほんとは今すぐ追いかけて一緒に帰りたい。少しだけでもいい、一緒に歩きたい。でも、相沢くんの隣にいるのは私じゃ駄目なんだ。相沢くんが必要としているのは、私じゃない。
……どうしたら忘れられる? どうすればやめられるの?
誰かが私の前を通り過ぎた。後から女の子の声が聞こえる。けど、私には何も見えなかった。
相沢くんの後ろ姿と、目の前の水色の傘。
もう相沢くんはとっくに行ってしまったのに、目の前に映るのはこの二つだけだった。渡された傘と一緒に、喉の奥に何か重たい塊が引っかかってしまったみたい。取りたいのに自分じゃ取り出せない。
いつの間にか誰もいなくなり、私の頬に涙が流れて目の前の雨粒みたいに、ぽたぽたと落ちていった。
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