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あ、飛行機雲だ。
六月の空を見上げると、真っ白い飛行機雲が伸びていくのが見えた。梅雨の晴れ間の気持ちのいい空。
ひとつ小さく深呼吸をして、一人裏庭でその人を待つ。心臓が破裂しそうにドキドキいって、頭の中はさっきから同じことしか繰り返していない。
『好きです。付き合って下さい』
上手く言えるかな。友達だし、急に敬語はおかしいかもしれないけど、でも大事な事だしその方がいいよね。
校舎の角から人影が現れた。途端、心臓がぎゅーっと締め付けられたみたいになる。
――相沢くんが、来た。
手が震える。両手を握り締めて、もうひとつ小さく深呼吸した。私の姿を見つけると、相沢君はこちらへ一歩ずつ近付いて来た。
栞、言うんだよ、好きだって。でも、どうしよう、涙が出そう。やめればよかったかな。やっぱり言うのやめようかな……。駄目、せっかくわざわざ昼休みにこうして来てくれたんだから。
相沢くんは私の前で立ち止まって、何も言わずにこちらを見ていた。目が合わせられない。相沢くんの足下を見つめながら言葉を吐き出す。
「あの、ごめんなさい急に」
そして……告白した。告白できた。声が震えてしまったけど。
相沢くんはあんまり愛想もなくてぶっきらぼうだけど、たまに優しくて親切なんだ。彼のそんな所に惹かれてしまった。もう自分の気持ちが抑えきれなくて気持ちを告げようと決めて、今こうして相沢くんの前にいる。
「悪いけど……」
「……」
「俺、鈴鹿さんの事嫌いじゃないけど、好きってわけでもないんだ。付き合うとかも、考えられない」
「……」
「ごめん」
「……ううん」
「……」
「あ、ごめんね。急に呼び出しちゃって」
「じゃあ」
「うん、じゃあ」
相沢くんは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をして、くるりと私に背を向け歩き出した。
……やっぱり、駄目だった。断られるの何となく、わかってたんだ。
去っていく相沢くんの背中を見つめると、さっき言われたごめんっていう言葉が胸に突き刺さる。ううん、私の方こそごめん、友達だったのにこんなこと言って。きちんと答えてくれてありがとう。そう言いたかったけど、上手く言えなかった。
相沢君がいなくなっても、そこから動けなかった。今教室には戻りたくない。私はのろのろと歩いて、傍にあった樹に背中をつけて寄りかかって座る。
好きだって伝えるだけでいい。きっと無理だから。そう思っていたのに、涙が溢れてきた。上を見ると、青空が綺麗。よけいに涙を誘う色だった。
「あーあ」
馬鹿かもしれない私。明日からどうしよう。ううん、午後の授業だってまだ残ってる。同じクラスで同じ委員会なのに。顔を合わせなきゃならないのに。やっぱり何も言わないで、このまま気持ちを抑えていたほうが良かったのかな。
自分のしたことが恥ずかしくて、急に自分が嫌いになりそうで涙が溢れて止まらなくなった。
膝を抱えて俯いて足下を見る。風が吹いてきた。梅雨の晴れ間の、優しい風。頬をそっと撫でてくれた。
どんどん涙が零れて、ずっ、ずっと音を立てて鼻をすすらないと、もう止まらない。相沢くんの声、後ろ姿、思い出しては苦しくなる。
「あの……」
「きゃっ!」
……な、何? 樹の後ろから声を掛けられた。え、嘘、誰かいたの?! 思わず悲鳴をあげた。
「あの! こっち見ないで下さい。絶対振り向かないで」
誰? 男の子の声だ。振り向くなって、どういうこと? 今の全部聞いてたのかな。私が振られたことも、泣いてたことも。
「これ、あげます。めちゃくちゃ美味しいから最後までとっておいたんだけど。これ食べて元気出して」
どこかで聞いた事があるこの声。樹の横から手と一緒に、パンが差し出された。
これ、あのパン屋さんの焼きそばパンだ。このパン、貴重なのに。元気出してっていうことは、やっぱり聞いてたんだ。
「……いいの?」
動揺しながらも、ずうずうしくパンを手に取ってしまった。
「ありがとう」
「……」
「このパン屋さん……コロッケパンも美味しいですよね」
「え」
「でもあたしも、焼きそばパンが一番好き」
この人がくれたパンを手にして一瞬迷ったけど、食べてみようと思った。
「……いただきます」
パンの袋を開けると、いい匂いがした。口に入れると、柔らかくて優しい味がする。その瞬間、また涙が溢れた。哀しいんじゃない。パンをくれたこの人の優しさに、涙が零れた。
泣きながら、パンをもぐもぐ口に入れる。私何やってるんだろ。けど嬉しかった。本当に少し、元気になれるかもしれない。
しばらくすると、その人が立ち上がったような気配がした。見ないでと言われたけど、でもちょっとだけ……見てみたい。誰なの? 私の知ってる人? 涙を拭いてそっと振り返る。
「あ……」
吉田、くん……? そうだ、あの後ろ姿、同じクラスの吉田くんだ。多分。
目の前のかじりかけのパンを見つめる。これ、吉田くんのだったんだ。
見られちゃった……振られたところ。でも知ってて、あえて何も言わないでいてくれてるんだよね?じゃあ私も、吉田くんの背中見なかった振りしよう。
いつの間にか、涙はもう止まっていた。
手にしたパンをもう一度口に入れ、空を見上げて優しい味をゆっくり噛み締めた。
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