栞にひどい事を言ってしまってから三日が経った。もう自分じゃどうしようもなくて、放課後高野の席に行く。
「高野、お前今日帰り空いてる?」
「え? 何だよ急に」
座っていた高野が俺を見上げた。
「都合悪かったらいいんだけどさ」
「いや、別にいいよ。ちょっと待ってろよ」
俺の顔を見て何かを察した様に高野はケータイを出して、彼女に今日は一緒に帰れないとメールした。
「俺んち来いよ。原も呼んどく?」
「……悪いな」
高野の家は少し年代もののマンションだ。ここに来るのは三回目くらいだったと思う。
「ただいまーって誰もいないか」
「お邪魔します」
玄関の扉を開けて中に入る高野の後に続く。人の家の匂いがした。これ皆あるよな。自分ちだけわかんないけど。
「お兄ちゃん、お帰り」
「何だよ、亜由美、部活は?」
「今日はお休み。……あ! こんにちは!」
高野の妹が俺に頭を下げた。
「どーも。ごめんね急にお邪魔して」
「い、いえ、ちっとも! ずーっといてください。ほんとに」
「何赤くなってんだよ。涼、こいつお前のファンなんだってさー」
「え……」
「ちょっと、お兄ちゃん! やめてよ」
「いてーよ、お前は!」
妹が高野の背中を叩くと高野が妹のおでこを叩いた。結構仲がいいんだよな、この兄妹。
「涼、俺の部屋行ってろよ。飲みもん持ってく」
「ああ」
高野を待ってると、原も後から部屋に来た。
「で? 何なんだよ」
高野がヒーターの電源を入れた後、音楽をかけた。
「あのさ……」
俺は正直に話した。桜井のこと、二人が仲良くしているのを見てしまってから、イライラしてそのまま上手くいっていない事。元彼だってわかった途端、栞と一緒にいるのがつらくなって、ひどい事言ってしまった事。何で栞に対してこんなこと言ってしまうのか、全然わからないこと。
「ふーん。で?」
高野が音楽のボリュームを調節しながら聞いてきた。
「完璧嫌われた、と思う」
「ま、普通引くわな」
「ドン引きだよ、ドン引き」
原も隣でゲームを手にしながら頷く。う……やっぱそうだよな。その通りだと思うから何も言えないで、小さくなるしかない。
「また別れんの?」
「俺は別れたくない、絶対。でもどうすりゃいいのか、本気でわかんないんだよ」
高野は持ってきたジュースを半分飲んで言った。
「まあ、お前がただヤキモチ妬いて拗ねてるってだけの話なんだからさ、謝れば済むんじゃないの」
「え?」
「そ、だからそれだけのことなんだからさ、」
「……ヤキモチって誰が?」
「あ? 誰がってお前がだろ?」
「待ってくれよ。何で俺がヤキモチ妬いたことになってんだよ」
「……? だって、え? 違うの? 何、俺が間違ってんの?」
高野はコップの氷をカラカラさせながら、焦った顔で原と顔を見合わせた。
「桜井に……怒るんだったらわかるけど、何で栞にイライラしたり怒るのがヤキモチなんだよ」
そうだよ。栞は何にも悪くないのに。そこにヤキモチとかそれはおかしい。
「……涼。お前、頭大丈夫か?」
高野が俺をまじまじと見つめた。
「な、何だよ。大丈夫に決まってんだろ」
「いや、だからさ、お前今まで……えーと鈴鹿さんは抜きな? 今までの彼女に対してそういう風に思ったことないわけ?」
「何を?」
「だから、他の男と二人で楽しそうにしゃべってたり、仲良くしてたら彼女にも腹立つじゃん、普通」
「別に……」
「なかったの? お前」
「……全然、なんとも思わなかった」
高野は大きなため息を吐いた。
「……あのな、涼。俺小学生と話してるんじゃないんだぞ? いや、今時小学生の方が理解できてるな」
また小学生扱いかよ。と思っていたら高野が頭を掻きながら、俺の傍に来た。な、何だよ、ちけーよ。
「いいか? 好きになったら、他の奴に取られたくない、それはわかるな?」
「お前、馬鹿にしてんのかよ」
俺がムッとすると、高野が続けた。
「いいから聞けよ。で、鈴鹿さんにちょっかい出す男に頭に来る。これもわかるんだろ?」
「……わかるよ」
「そしたらさ、何で桜井なんかと仲良くするんだ! 俺がいるだろうが、俺が!」
「え……」
「栞、お前あいつの方がいいの? 何楽しそうに話してんだよ。俺はここにいるんだぞ。俺のこと気付かないのかよ。俺の事好きだって言ったのアレ何なんだよ! し、」
「わ――っ! 待て待て待て!」
「って思ったんだろ、お前? そういうの立派なヤキモチっつーの。で、そいつと鈴鹿さんの過去も気になるんだろ?」
「な、何でわかるんだよ……!」
俺の心の台詞まで。エスパーかお前は。
「それが、嫉妬って奴」
横から原が言った。
「嫉妬……」
俺、嫉妬してたのか。そっか、だからそっか。これ、嫉妬か。そっか……。
って、俺は恥ずかしくて顔を上げていられなくなった。もう頭から火が出てるよ。だって俺、そんなことも気付かないで栞にイライラぶつけてたんだ。
「お前さあ、ほんっと、今までつまんない付き合いしてきたんだな、女の子と」
高野が呆れた様に言った。
「まあ、そういうことなんだからさ、自分が悪かったって素直に認めて謝ってこいって」
「……」
黙って俯く俺に、原がゲームをやめて声を掛けてきた。
「涼、俺言ったじゃん。言わないと溜まるって。喧嘩するって言ったろ?」
「うん」
喧嘩っていうか、俺が一方的に怒ってんだけど。
「ちゃんと言わないからこうなるんだよ」
「……よく、わかったよ」
情けないけど。でも原の言う通りだった。
「それに、俺から言わせればさ、自分の事棚に上げて何言ってんだって感じだし」
「え……」
「さんざんお前だって女の子と付き合ってきたんじゃん。それでも鈴鹿さんは何も言わないんだろ?」
「俺のこと、たいして好きじゃないのかもしれない」
「は?」
俺の言葉に原が呆れた様な声を出した。
「だから何も言わないんだよ」
「涼、お前はったおしてやろうか?」
「だってそうだろ。俺がこんなになってたって栞は何ともないんだよ。二人でいた時美緒に話しかけられたって、何ともないって言ったんだよ、実際」
「バーカ! お前心底馬鹿だな!」
高野が怒ったように俺を睨んだ。
「嫌に決まってんだろ。けどそんなこと言ってたら、お前の場合キリないじゃん。元カノなんかいっぱいいんだろ? お前がどういう付き合いしてたかしんないけど。だから我慢してるんだよ。そんなのもわかんねーのか、お前は」
「……」
「ま、自分がヤキモチ妬いてんのすらわかってないんだから、鈴鹿さんの気持ちなんかわかんねーよな」
「栞の、気持ち……」
口に出して、急にその言葉が胸に刺さった。俺、今まで自分のことばっかりで、栞の気持ちなんて全然聞かなかった気がする。
そう思った途端、急にもやもやしたものが晴れた。そうだ、俺も言わなかったことがたくさんあったけど、栞だって俺に言いたいことたくさんあった筈だ。
「……俺、栞とちゃんと話してみる」
もう遅いかもしれないけど。今度こそ本当に振られるかもしれないけど。
「ま、俺たちの方が先輩だからな、経験者として」
「何でも相談しなさい。はっはっは」
二人は勝ち誇ったように言って、両側から俺の肩を叩いて思いっきり掴んだ。
「いっ……!」
いてーよ。けど、それが何か嬉しい。
「うん。ありがとな、ほんとに」
俺が頭を下げたと同時に、二人は俺から手を離し後ずさった。二人でおんなじリアクションすんなよ。
「俺、今寒気がした」
「素直な涼とか、勘弁なんだけど」
「いや、ほんとに感謝してるよ、お前らにはさ。いつも……いろいろ教えてもらって。迷惑かけて、ゴメン」
栞と出会うまで、いろんな女の子と付き合って、全部わかった気になっていた俺は、本当は何も知らなかったんだって、片思いの時から思い知らされていた。今回の事も。ちゃんと自分の彼女と長く付き合えてるお前らはさ、ほんとすごいって思うよ。
高野が入れてくれたジュースは、氷が融けて随分薄くなってたけど、最近何を口に入れても何の味もしなかった俺が、久しぶりに美味しく感じた味だった。
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