あれからすぐ冬休みに入った。俺の気持ちも、あの球技大会の時と少しも変わってくれない。
そして最悪な事に、クリスマス、俺は前日から風邪を引いて高熱を出し、結局栞とは逢えなかった。しかもその後、年末に栞の具合が悪くなり寝込んでしまっていた。メールでそのことをやり取りして、もうほとんど大丈夫らしいけど一応念の為に自宅にいるって事だけは知っている。
冬休み中、前に付き合った女の子達のこと、いろいろと思い出してみた。けど、何一つ参考にならない。だいたいこんなの初めてなんだから思い出した所で最初から意味ないんだ。ただ、一つだけわかったことがある。
俺が栞に思ったのと同じ様に、前に付き合ってた子のことで責められたことがあった。何で言ってくれなかったのとか、いつからいつまで付き合ってたのとか、今の俺が栞に思ってること、そのまんま聞かれた。俺は面倒になって、その場で速攻その子とは別れた。
ということは、栞だってそう思ってる筈だ。俺の事、面倒くさい奴だって。桜井が元彼だってわかっただけで、こうして不機嫌になって拗ねてるんだもんな。……もうすぐ、振られんのか俺。
「涼」
「……なに」
ソファで寝転がって本を読んでる俺に、兄貴が声を掛けてきた。
「お前さ、栞ちゃんは? 初詣行かなかったの?」
「……彼女、具合悪かったから」
「ふーん。お前が移したんだろ」
「うるせーな。何だよ、何か用があるんだろ」
「今日、俺彼女呼んでるから家に」
「えっ!」
さすがに驚いて飛び起きる。
「俺さ、結婚するから」
「……はい?」
さらに驚いて本を落とした。
「大学卒業して暫くしたらの話だけどな」
「マ、マジですか?」
「何だよいきなり敬語で。マジですよ」
「……お前、さんざん遊んでたじゃん! どうしたんだよ、他の女は!」
「涼、お前いつの話してんだよ。もうとっくに遊んでねーよ。そんなの一年の時やめたし」
「な、なんで」
「本気で好きになったら、自然にそうなるもんだよ。お前にもわかるだろ?」
わかる、わかるぞ兄貴。それだけはわかる。俺はこくこくと頷いた。
「お前も恋わずらいしたんだもんな?」
兄貴は椅子に座って自分で淹れたコーヒーを飲み始めた。
「……! 何でお前が知ってんだよ!」
「お袋がしゃべんないわけないじゃん」
さすがにこいつに言われるのはキツイ。恥ずかしすぎる。ん? でも今なんつった?
「……お前もって言った?」
「そうだよ。俺もなったし」
「いつ?!」
「だから大学一年で……」
「おっそ! 遅いだろそれは」
「悪いかよ。それまで女には何の不自由もしなかったからな。全然知らなかったんだよ」
俺は開いた口が塞がらなかった。ここにもいたよ、小学生が。
「……まさか、遺伝?」
「そうかもな。親父もそうだったらしいし」
そうかもなって……突っ込めよ、そこは。
「聞いたのかよ?!」
「聞いた。俺、本気で病気かと思ったから」
な、何という……俺。
「親父もお袋に逢うまで、同じ様に女に不自由してなかったんだってさ。で、恋わずらい。そのまま結婚。らしい」
「……」
「涼、大事にした方がいいぞ? ほんとに」
「……わかってるよ」
「二度とそんな子には会えないと思う。貴重だからな」
「……」
昼になって、兄貴の彼女が家に来た。その時の兄貴の顔ったら、見てらんなかったよ。あんなに幸せそうな顔すんのか。俺も……栞といるとああいう顔するんだろうな。父さんも母さんも嬉しそうだった。
兄貴の彼女も本当にあいつを好きでいてくれているみたいだった。
幸せそうな二人を見るたび、栞を思い出しては胸が痛くなってあの頃の片思いの気持ちが蘇ってきた。
二人に挨拶をして、自分の部屋に戻った。ヘッドホンをつけて、音量を大きくしてガンガン音楽を流す。そのままベッドに横になって目を瞑った。
兄貴、俺は駄目かもしれない。貴重な初恋の子に嫌われたかもしれない。恋わずらいして、好きで好きでしょうがなくてやっと思いが通じて、それは奇跡かもしれないなんて思って、なのに……俺は自分からこんな風にしてしまった。
今までの彼女と喧嘩も仲直りもしたことないから、どうすればいいんだかもわからない。謝ればいいのか? でも何を?
栞からの連絡も、風邪の具合のメール以外は何もなかった。
栞は何で平気なんだろう。俺はこうして桜井の事、馬鹿みたいに気にしてるのに、栞は俺の元カノのことなんか今まで一度も気にしてるのを見たことがない。
そう考えた途端、次から次へといろんな事が思い出された。
メールをするのも、電話をするのもほとんどが俺からだった。出かけようって誘ったのだって、一緒に帰ろうって言うのも、ネクタイだって、昼飯だって……。栞といつも一緒にいたくて、傍にいないと寂しくなってさ、また逢いたいって言ってるのに、何でいつになるかわからないなんて言うんだよ。もう……栞の事がよくわからない。
やっぱり俺ばっかりが栞を好きで、栞は俺の事たいして好きじゃないのかもしれない。
また胸が苦しくなって、鈍い痛みに襲われた。
もう片思いは終わった筈なのに。付き合ってるのに片思いってどういうことだよ。まだ続くのかよ。まだ終わんないで続いてるのかよ。一人で片思いしてた時よりも、もっともっと苦しくてつらいじゃんか。
アルバムを何回分聞いても、ちっとも解決なんて見つからずに、ただ枕を抱えてきつく目を瞑って……栞のことを思い出していた。
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