二人で並んで廊下を歩く。
デートだデート、栞とデート。いいなあ。ああ幸せだ。いいんだろうか、こんなに幸せで。
「えーとね、まずはここがいいな」
栞が俺のセーターの袖を、ちょっとだけ引っ張って言った。
「いいよ」
嬉しくてぽーっとなって返事をする。
え? おい、ちょっと待て。ドアの入り口に立ててある看板に、何かいやな文字が。
「……都市伝説の、館?」
一気に目が覚めた。
「うん! 入ろうよ涼」
「う……うん」
マズイ。非常にマズイぞこれは。
実は俺苦手なんだよ、これ系。ジェットコースターとかさ、そういう絶叫系は全然オッケーなんだけど、この違う意味の絶叫系はさ、どうも駄目なんだよな。
今までなんだかんだと絶対に入らないようにしてきたんだけど……。しかし、隣にいる栞は目を輝かせている。好きなのか? こういうのが。
まあ、学校の文化祭だし、たいしたことはないだろう。栞の為だ。が、頑張って入ってみるか。今人も多いし、そうだ人がたくさんいれば大丈夫だ。
廊下は行き交う人で、結構混雑し始めていた。
「あれ? 鈴鹿?」
その時、後ろから声をかけて来た男がいた。
「あ……桜井くん」
「久しぶり」
「うん」
「何、入ってくれんの? お前こういうの大丈夫だっけ?」
誰だこれ。桜井? 全然知らないな。目の前の男は俺よりも少し背が低くて、ちょっと童顔で、人懐こそうな感じの奴だった。それにしてもずいぶん栞に馴れ馴れしい。
「入り口こっち。俺一緒に入ってやるよ」
桜井という男は、いきなり栞の手首を掴んで引っ張っていこうとした。
「俺が一緒だから」
そいつの腕を掴んで引き剥がす。
「え……」
桜井は俺を振り向いて、驚いた顔をした。何だよ、何か文句あんのか。
「……もしかして、鈴鹿と付き合ってんの?」
「そ、そうだけど」
こんな場面で何赤くなってんだ俺は。
「嘘だろ」
「嘘じゃねーよ」
すると男は栞に向かって言った。
「マジで言ってんの?」
「……うん」
栞が返事をした途端、桜井は大きな溜息を吐いて不機嫌な顔をし、栞に近付いてこそっと言った。
「やめとけよ、絶対泣かされる」
な、何だとおおお? 聞こえてるっつーの! だいだい何なんだこいつは!
「行こ、栞」
「あ、うん」
「栞あいつ、何な、の……」
栞の腕を掴んで、思わず勢いで都市伝説の館に入ってしまった。
「……あ」
馬鹿ああ! 俺の馬鹿!! ど、どうしよう。
「どーぞー」
係りの奴に誘導されて、もう逃げられない。
……何だここは。
く、暗い。真っ暗じゃん。いやいやいや、おばけ屋敷と違うから。都市伝説だから、都市伝説。
ほらアレだよ、予言とかさ、この絵本に秘められたほんとの意味とかさ、その、そういう奴だろ?
「涼」
「な、何?!」
「あの、手痛いんだけど」
いつの間に、俺栞の手掴んでたんだ。
「ご、ごめん!」
「離さないでいいんだけど、ちょっとだけ緩めて?」
「うん……」
良かった。離すのだけはいやだ。今だけはお願いします!
通路を曲がると、真っ暗の中何台かテレビがついていた。これアレじゃん! この前放送してた分じゃん! CMしか見てないけど。これに見入っている奴もいた。は、早く通り過ぎたい!
「涼……あの」
「えっ」
栞が話しかけてくるけど、横からテレビの音が聞こえる。何、何だって? 聞きたくもないのに、耳に入ってくる。
『このドル札を、こうして見るとですね』
ドル札が何だって? こうして見る……?
『現れるわけです』
何が現れるんだよ!
「さっきの、桜井くんなんだけど……」
「……」
『いやあああああ!!』
「うわあああああ!!」
栞の手を握ったまま、駆け出した。何て声出してんだ俺は! しかし、しかし逃げた方がいいだろこれは! テレビから声が聞こえただけなんだけど、こええええ!
しかも途中から結局お化け屋敷的なものになってて、もう何したんだかさっぱり覚えていない。
ぜーぜーしながら出口を出ると、隣で栞が両手で口を押さえて笑っていた。
「りょ、涼、苦手なの?」
「……」
何も言えずに、かがんで両膝を押さえながら栞の顔を見上げると、栞が俺の左手をぎゅっと握って耳元に近付いてきた。
「涼、可愛い」
「!」
な、何で? こんな情けない姿見て、何でそう思うんだよ。栞は顔を赤くして額に手を当てている俺と、手を繋いだまま歩き出した。
「何か食べよう」
「うん。俺、喉渇いた……」
「だよねー。あれだけ叫んで、走ればねー」
く……情けない。けど疲れた。
「ありがと。苦手なのに付き合ってくれて」
「え、ああ、うん」
ま、付き合うだけならな。全然楽しめないけど。
「涼って……いいね」
「え?」
「ううん、何でもない!」
栞は笑顔満面だった。
でも、あれ? 俺、なんか大事な事聞きそびれたような……。
けど、目の前の栞の笑顔を見ていたら、たいしたことじゃないような気がした。ま、いっか。
栞、寒いのかな。手が冷たい。そっと繋いでいた手に力を込めると、栞も優しく握り返してくれた。
この手が離れていかないように、俺……頑張るからさ。
口に出しては言えないけど、栞に伝わるようにもう一度、彼女の手の温もりを確かめた。
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