「涼じゃん、一人かよ?」
クラスの模擬店の係りも終わり、校舎に入って二年四組の教室の前に行くと、友達が声をかけてきた。
「ああ、ここで待ち合わせしてんだけど、いい?」
「マジで?! 頼む! 全然客こねーんだよ。お前がいれば絶対人入るからさ」
目を輝かせた友人に背中を押され教室に入ると、机にテーブルクロスが掛けられて、まあそれなりになっていた。確かに客は少なくて、三人しか入っていない。
「涼、来た!」
「涼じゃん」
カフェっぽいエプロンを着けた係りの奴らが、一斉にこっちを向いて言った。
いいから。見なくていいから。今日は待ち合わせしてんだから注目しなくていいから。なるべく皆と目を合わせないようにして、窓際の席に座った。
「いらっしゃいませ」
その声に顔を上げると、オーダーを取りに来たのは、う……元カノだ。美緒の前に付き合ってた彼女だ。ん? もっと前だったか。それにしても四組だったんだっけ。全然覚えてなかった。
「待ち合わせ?」
何となくいやーな感じで顔を覗きこんできた。
「……うん」
まずいな。出た方がいいかな。けどここで待ち合わせてるんだし。
「彼女と?」
「……そう」
「やっぱ、ほんとだったんだ! 彼女できたって!」
いきなり大きな声で言うと、水だけ置いて皆の方へ行ってしまった。
「やっぱりそうなの?!」
「えーほんとに?!」
聞こえてるっての。お前ら、メニューくらい見せてくれよ。その時ドアの所に人影が見えた。栞?! って思ったけど、違う女の子が四人入ってきて、こっちを見て言った。
「涼先輩がいる!」
「ほんとだったんだ……!」
ああ、落ち着かない。ほんとだったって何だよ。俺を使って客寄せしてんのか?
窓の方に顔を向けて、頬杖を着いた。ちょうどここから模擬店が見える。今日はいい天気だからか、外は結構な人手だ。栞、忙しいのかな。もう時間とっくに過ぎてんだけど……。たくさん働いてんのか。俺ももう少し居ればよかったかな。早く逢いたい。
「涼先輩、一緒に写真撮ってくれませんか?」
振り向くと、さっき入って来た女の子達四人が、ケータイ片手に目の前に並んでいた。
「いや、ごめんね。ちょっと無理」
「そうなんですか……」
「四人で撮ってあげるよ。並んで?」
「あ、はい」
そう、こんな感じでいい。俺には栞がいるんだから、他の女の子達とは距離を置きたいんだ。四人はお礼を言って自分の席に戻っていった。
その時ふと気配を感じ振り向くと、目の前に栞が立っていた。
「……!!」
思わず慌てて立ち上がる。椅子ががたんと大きな音を立てて、周りが一斉にこっちを見た気がするけど、そんなのまるで目に入らなかった。
「ごめんね、遅くなって」
両手を後ろに組んで、俺を見上げて彼女は言った。
「ぜ、全っ然!」
全力で首を横に振る。また顔に血が上ってきた。
「涼が行った後、急に混んできちゃって抜けられなかったの」
ああ、普通に涼って呼んでるよ。思わず顔がにやける。
「そうだったんだ。お疲れさま」
「うん。ありがと。……あれ?」
栞が机に目線を落とした。
「何も頼んでないの?」
「え、あーうん」
メニューすら来てないんだけど。
「どうぞ」
その時、また元カノが今度はメニューを持ってやってきて俺に言った。
「……何、赤くなってんの?」
「!」
「幸せそうな顔しちゃって」
にやにやと笑って、俺と栞の顔を交互に眺めている。
「初めて見た、そんな顔してるの。彼女の事大好きなんだねえ? 涼らしくないけど」
その言葉に何かイラっとして思わず言ってしまった。
「……そうだよ」
「え?」
「大好きなんだから、いいだろ。悪いのかよ」
もうどうにでもなれ。どいつもこいつも何なんだよ、朝からずっと。涼らしくないとか、意外な組み合わせだとか。俺は栞が好きなんだよ、何か文句あんのかよ……!
栞も元カノも口を開けて俺を見ていた。多分さっき来た後輩達も、同じ様にこっちを見てる。
「す、すごいね。涼にそんなこと言わせるなんて、感動したわ」
そう言うと栞に目を向け、彼女の肩を抱き笑いかける。
「涼にいやな事されたら、すぐに言ってね? 彼氏にボコらせるから」
「え……」
栞が目を丸くして、元カノの顔を見た。
「よけーな事言うなっつーの!」
「はいはい、仲良くね。お邪魔しました」
呆れた顔で言いながら、元カノはその場を去っていった。あーあ、せっかくの待ち合わせが……台無しだよ。ちゃんと確認してなかった俺が悪いんだけど。
「なんか、ごめん」
ポケットに手を突っ込み、俯いて謝る。
「ううん」
「あのさ、もう出ようか?」
「……いいの?」
「うん。落ち着かないし。どこ回る?」
栞の顔を見ると、彼女は嬉しそうに俺の顔を見上げて言った。
「あのね、行きたい所あるんだ」
「わかった、行こう」
栞の笑顔にまた顔が綻ぶ。可愛い。ほんっとに可愛い。何でも言うこと聞いてあげたい。栞の喜ぶ顔が見たい。
さっき言ったの、迷惑じゃないよな? 思わず大好きなんて言っちゃったけどさ。それに元カノもいたし、嫌じゃなかったかな……。
人も多くなってきた廊下を歩きながら、隣にいる栞の顔をチラリと見ると、いつもと変わらない表情だった。目が合うと微笑んでくれる。絶対に嫌な思いはさせたくない。大事にしたいんだ。
確かに俺らしくないのかもしれない。
女の子と付き合って、こんなこと思うのは……初めてだった。
Copyright(c) 2009 nanoha all rights reserved.