片恋〜かたこい〜 番外編 涼視点

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お家訪問 (4)





 急にしんとしたリビングで、栞が先に口を開いた。
「あの……ごめんね? 急に。夕飯大丈夫?」
「全然平気だけど、いいの?」
「もちろん! お父さん機嫌いいし」
「そ、そっか良かった」
 俺は胸を撫で下ろした。正直お父さんマジで怖かったからな。久しぶりに変な汗掻いたよ。
「部屋行こ?」
「うん」

 栞の部屋は、えらいシンプルで驚いた。あんまり女の子の部屋って感じじゃない。勿論男の部屋って感じでもないけどさ。キャラものの人形とかも一切置いてないし、ピンクだの赤だのそういう色味も全然無くて、新鮮だった。窓の外へ目を向けると遠くに桜が見えた。
 ジュースを飲みながら、お約束の栞の小さい頃のアルバムを見せてもらう。当たり前だけど健太も一緒に写ってて笑えるよな、ほんとに。それにしても栞が可愛すぎてヤバイ。本当は一枚欲しいところだけど、変態だと思われたら困るからやめよう。

「涼、さっきありがとう」
「え、何が?」
「お父さんの質問、答えてくれて。すごく嬉しかった」
 今さっきのことを思い出すだけで、恥ずかしくてまた額から汗が出る。あんな事言った後で俺、栞の家族と普通に飯なんか食えるんだろうか。でも栞が嬉しそうにしているのが伝わったから、あれで良かったんだよな。

「あ、そうだ。これ」
 栞が立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出した。
「あげる。この前ね、家族で行って来たの」
 差し出されたのは、小さな白い袋に入った御守りだった。
「気が早いかもしれないけど、涼も進学希望って聞いたから。お揃いなんだよ」
「学業成就の御守り?」
 俺の言葉に栞が隣で膝を抱えて頷く。
「あのね、たくさん勉強しないと無理かもしれないけど……」
「?」
「涼と同じ大学受けてみたいの。涼は頭がいいから、あたし相当頑張らないといけないのはわかってるんだけどね」
 栞が言ったその言葉に、俯いた表情に、頭をガツンと叩かれた様になって同時に心臓がズキズキ言い始めた。
「……いいかな?」
「……うん」
「いやじゃない?」
「やなわけないじゃん。……嬉しいよ」
 よくわかんないけど、俯く栞を見つめたまま胸が一杯になってしまった。まさか栞がそんなこと考えてたなんて、思ってもみなかったんだ。もちろん一緒に行けたらいいなんて少しの期待はあったけど、将来に関わる事だし、そこまで彼女を束縛はできない。

「良かった」
 彼女は胸に手を当ててホッと息を吐いた。
「……」
「でもね、希望だけなんだよ? 受かるか全然わかんないし。だから、」
 栞の言葉を遮り、自分に引き寄せて思い切り抱き締めた。
「涼?」
「……うん」
「痛い」
「ごめん。でももうちょっとだけ」
 腕の中にいる栞の香りが、たまらなく愛しい。
「栞……ありがと。大好きだよ、ほんとに」
 彼女の顔を俺に向けさせてキスした。ああ、可愛い。ああ、大好き。キスしながら、栞を抱き締めていた左手を彼女の右手に合わせ指を絡ませて強く握った。気がつけば、俺の名前を呼ぶ彼女の戸惑った様な声がすぐ傍で聞こえる。
 って、ん? ちょっと待て。栞の気持ちを聞いた途端嬉し過ぎて、何かどうしようもなくなってきた……まずい、これはまずい。駄目だ、止まんない、誰か止めてくれー!

「ただいまー! ねーちゃん変な事してないかー!」
 健太あああ! お前、なんてねーちゃん思いなんだよ! ドアがバタンと閉まる音がして、ドタドタと廊下を歩く健太の足音が、2階のここまで響く。
 俺から咄嗟に離れた栞が立ち上がり、ドアを開け階下へ向かって大きな声で言った。
「健太! もーうるさい」
 すぐにドアを閉めた栞が、また俺の隣に座った。彼女の顔が見れなくて今度は俺が俯く。健太が帰って来てくれて助かった。今……ちょっとヤバかったよな、俺。

「……ごめん」
「ううん、大丈夫。……びっくりしたけど」
 横で首を振る栞の感触が、まだ残ってる。
「急に帰ってきたね」
「健太にもだけど、涼にびっくりした」
「え」
「違う人みたい、だったから」
「……!」
 だ――っ! 言わないでくれ恥ずかしい! カッコ悪いけど、でも栞を好きだから、だからなんだってことは、ほんとわかって欲しい。
「俺、栞といると全然余裕ないんだよ」
「……」
「前に言ったかもしれないけど、栞のこと……好きすぎてさ」
 嫌われたか? 本当はいやだったかもしれないよな、どうしよう。
「ね、下行って一緒に夕飯の準備しよ」
 栞は勢い良く立ち上がって俺の手を引っ張った。ゆっくり立ち上がると、彼女は俺の後ろから腰に手を回し抱きついてきた。
「あたしも涼のこと大好きだから、余裕とかそういうの、いらないよ」
「!」
 ちょ、ちょっと……そんなこと言われたら、今すぐさっきの続きがしたくなるからやめてくれー! 背中にいる柔らかい彼女を感じながら、大きくなる鼓動と胸の思いを必死に抑え込んで、何とか言葉を吐き出す。
「じゃあ……今度はほんとに余裕見せない」
「え……」
「また俺の家に来てくれる?」
「……」
「今度は、誰もいない時に」
 言ってしまった。多分俺の心臓の音、栞に丸聞こえだ。暫くすると、栞が俺の背中に額をくっつけて頷いた気配がした。彼女の両手を包み込んで振り返り、お互い顔を見合わせてほんの少しだけ微笑んだ。

 その夜、栞の家族と一緒に楽しく食事ができた。お父さんがした質問の答えの話になって、結局皆から散々からかわれたんだけどさ。


 帰り道、一人桜の下を栞の温もりを思い出しながら、彼女がくれた御守りをそっと握り締め、春の匂いがする夜の道を歩いた。
















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