涼の家族に言われるがまま目を閉じた。何だろう。足音が近付いて何となく瞼の裏が明るくなった気がした。
「いいよ」
涼の声が直ぐ傍でして、そっと目を開けると、目の前には大きなケーキ。その上にはアルファベットの形をしたろうそくに、火が灯っている。
「お誕生日おめでとう」
パチパチと皆が手を叩いた。ろうそくは「HAPPY BIRTHDAY 」の文字に並んでる。
「え……これ」
顔を上げると、私と目が合った涼が照れくさそうに笑った。
「17歳、おめでとう」
「あ……」
「ろうそく、ろうそく!」
皆の嬉しそうな声に促されて、ふっとろうそくに息をかけると、何度目かに全部消えて小さな白い煙がゆらゆら揺れた。
「そのケーキ、涼が作ったんだよ」
お兄さんが、笑ってる。
「すごいでしょ? 何でもできるんだよ、涼は」
お父さんもケーキを眺めて言った。
「でもね、3回も作り直したのよ? だから6時間くらいキッチンに篭りっ放し」
お母さんが小さな声で私にこっそり教えてくれる。
どうしたんだろう私。嬉しくて堪らないのに、なかなか声が出ない。皆の温かさを感じた途端、胸が一杯になって、言葉の代わりに全然違う所から抑えきれない気持ちが溢れ出した。
「栞ちゃん?」
「あ、あの。ありがとうございます。嬉しい。本当に……すごく、嬉しいです」
「あー涼が泣かしたー」
お兄さんの言葉に、私の隣に立つ涼が動揺してるのがわかった。
二人で食べなさいって皆に言われて、今私は涼の部屋にいる。机とベッドが置いてあって、本が積まれてたり、ゲームが置いてあったり……男の子らしい部屋だけど結構綺麗に片付けられてる。少しだけ緊張している私に、彼がもう一度温かい紅茶を入れ直してくれた。ベッドを背もたれにして、二人で並んで座る。
ラグに置いたトレイの上には紅茶の入ったカップと、少し切り取られた大きな丸いケーキが乗っている。膝の上には切り取ったケーキの乗ったお皿とフォーク。
「ごめんね、泣いたりして。びっくりした?」
「……した」
私の言葉に涼が困ったように笑って頷く。
「嬉しくて止まらなかったの。本当にありがとう」
「うん。栞も俺の誕生日にお菓子作ってくれたからさ。お返ししたかったんだ。食べよ」
涼の言葉に頷いて、一口ケーキを口に入れる。甘くて美味しくて、涼の心が伝わってきてまた涙が出そう。
「すごく美味しい。涼って本当に何でも出来るんだね」
「そんなことないよ。失敗したし」
「ううん。その気持ちが嬉しいの。食べるのもったいないね」
私がフォークを持つ手を止めると、彼がケーキを指差した。
「食べてくれないと、頑張った甲斐がないじゃん」
ケーキには半分にカットされた苺がぎっしり乗っていて、皆つやつやしていて綺麗。つやつやの正体は薄く乗った柔らかい苺のゼリー。その周りには円のふちに沿って、真っ白い生クリームが絞られて規則正しく並んでいる。本当にもったいないけど、涼の言う通りだと思ったから、フォークで大きく切って口いっぱいに頬張ると、彼も嬉しそうにケーキを口に入れた。
「涼、女の子連れて来た事ないって本当?」
「え」
「さっきお父さんが言ってたから」
「ああ……うん。面倒くさいっていうか、今まで別に呼びたいとも思わなかったし。それに兄貴に会わせたくないっていうのもあってさ」
「お兄さんに?」
涼は口を動かしながら、ケーキを見つめて言った。
「……中学の時、偶然学校帰りに兄貴に声掛けられたことがあったんだけど、女の子達がカッコイイとか何とか騒いですごくてさ。後から兄貴のことあれこれ聞かれるし、家に遊びに行かせろとかしつこく言われたんだ」
「……」
「そういうの嫌だったから、高校でも俺に兄貴がいることは高野くらいにしか話してない」
涼が黙り込んで一瞬私の顔を見た後、俯いた。
「それに栞にもあんまし会わせたくなかったんだ、本当は」
「どうして?」
「……」
「?」
「その、俺よりもいいとか思われたら嫌だったし……」
涼の声が小さくなる。
「……ごめん、変な事言って」
黙り込む涼を見て不安になった。まだ私の気持ち、上手く伝わってない?
「涼のお兄さん、素敵だと思う」
涼が顔を上げて私を見た。
「お母さんも、お父さんも、涼の家族は皆素敵」
「……」
「でも、涼が一番だよ?」
今度は私が俯いて食べかけのケーキを見つめた。
「どんな人を見ても、やっぱり涼が一番カッコよくて、優しくて素敵で……大好きだなって思う」
恥ずかしくて彼の顔も見れないけど、こういうこと素直に言おうって決めたんだ。じゃないと伝わらない。今日の為に涼が一生懸命してくれたことがどんなに嬉しかったか、ちゃんと言わないとまた誤解されてしまうのは、もう悲しいから。
「……」
珍しく涼が黙ってる。ちょっと素直になりすぎたのかな。驚いてる?
恐る恐る顔を上げて、チラリと涼へ視線を向けると、横で座っている彼はじっと私の顔を見つめていた。……こういう時、未だにドキドキする。さっき言ったのは本当の事だって、自分の心臓が確かめているみたい。
「なんか、俺」
「……うん」
「栞の誕生日なのに、逆に自分がこんな事言ってもらって何やってんだろ、ほんとに」
「え?」
涼が私の手をそっと握ってきた。
「俺、栞が喜ぶ顔が見たくてコレ作ったんだ」
「うん」
「だから美味しいって言ってくれて、本当に嬉しい」
大好きな彼の優しい声が私を包む。
「来年もお祝いさせて」
「うん。ありがとう」
お互いに気持ちを伝え合って、顔を見合わせて微笑んだ。たったそれだけのことなのに、こんなに幸せな気持ちになれるのは、涼だけなんだよ。
「ね、今度はあたしの家に来てね」
「いいの?」
「連れていらっしゃいって、言われてるから」
「わかった、じゃあ俺……」
言いかけた涼に近付いて、彼の頬に唇を寄せた。私の前髪が彼の顔に少しだけ触れる。だってどうしてもこうしたかったから。ありがとうって言葉だけじゃなくて、もっともっと伝えてみたくなったから。
驚いて固まっている涼の耳元で囁く。
「あたしも……家に男の子呼ぶの初めてなの」
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